小さなきっかけから、一歩踏み出してみること。 子育てで見つけた届けたい思い。

赤ちゃんにも安心して使える素材を使用したインナーアパレルブランド「OneLuck(ワンラック)」でPRを担当している佐野さん。自分のやりたいことを模索してきたという佐野さんが、子育ての経験を通して見つけた大切にしたいこととは?お話を伺いました。

佐野 千絵

さの ちえ|MIZANI株式会社
東京都荒川区生まれ。2007年、跡見学園女子大学・臨床心理学科卒業後、ムーンバット株式会社入社。雨傘や日傘の生産管理を担当。2012年に結婚し退職。その後、サントリーパブリシティサービスへ入社。音楽ホールのチケットセンターでチケット作成、販売、接客等行う。2020年退職と同時にMIZANI株式会社へ転職し、PRに従事。

人生は好きなことをやるもの


東京都荒川区で生まれ育ちました。引っ込み思案で、お母さんの後ろに隠れているような子でした。家の近くにある動物園に連れて行ってもらうことが多く、動物が大好きになりましたね。

父は婦人洋品店を営んでいました。やりたかったことを実現させて自分の店を開いた父は、私にも、「自分の興味があること、やりたいと思うことをやりなさい」と言ってくれて。小学校に入ると、週5日、習い事をさせてくれました。

毎日違う習い事に通って、「やりたい」と思うものには全て挑戦してみましたね。両親の姿を見て、人生は好きなことをやるものなんだと思いました。

地元の中学校に進学すると、ソフトテニス部に所属したこともあり、少しずつ活発に。でも、どこか周りの友達に気を遣って嫌われないように過ごしていました。3年間同じ部活なので、一緒にいる友達に嫌われたくない気持ちが強かったんですよね。自分だけど自分じゃない感じがしました。気を遣って学校での時間をやり過ごさないといけないので、「今日も生きづらいな」と感じていました。

そんな私を見ていたからか、高校受験の時期になると、母が「面白い高校があるよ」と、地元と離れた高校を教えてくれました。まずは見てみようと、興味本位で文化祭に行ってみたんです。都内の真ん中に位置する古い校舎に足を踏み入れると、自分の好きな服を着て、個性豊かにのびのびと学校生活を送っている生徒の姿がありました。周りの友達に気を遣って自分の気持ちを隠していた私にとって、その姿はすごく魅力的だったんですよね。

嬉しいことに、自分の中学校からその高校への進学者もいなくて。自分を知る人が誰もいない環境で過ごしたいと思い、受験を決めました。

ありのままの自分を出せる場所


担任の先生に「合格は厳しい」と言われながら、必死に勉強し無事に合格。制服がない学校なので、入学式から好きな服を着て行きました。目立たないか心配になり、そわそわして周りを見ると、同じように自分の好きな服や髪色で登校している生徒がいて。「私も自分の好きな自分でいていいんだ」と思えた瞬間でした。

でも、髪の色も髪型も、服装も自由だからと言って、遊んでばかりではありません。勉強にも部活動にも、自分の好きなことに打ち込む生徒が多い学校でした。私自身も、授業以外は部活の仲間とバスケの毎日。中学校の体育の授業で、バスケットボールをやったのが楽しくて、バスケ部に入ったのですが、私以外部員はみんな経験者でした。毎日の練習がきつく、「なんでこんな辛いことしなきゃいけないんだろう」と思った日もありましたね。

それでも部活に行くと、「なるようになるでしょ」と声をかけてくれる前向きなキャプテンがいて。他にもバスケという共通点がなければ出会えなかった、いろいろな個性を持つ仲間に囲まれていました。高校生活の全てをバスケに注いでいたので、気づけば自分の中でバスケ部の仲間の存在がとても大切になっていたんです。

ここでやめたら今まで積み重ねてきた努力も全て無駄になるし、何より苦難を一緒に乗り越えてきたバスケ部の仲間と離れたくなくて、3年間部活を続けることができました。

高校では、だんだんと「私はこれをやりたいから」「この子と一緒に居たいから」という自分の意思も持てるようになっていました。自分を表現しても受け入れてくれる環境があったからこそ、少しずつ「ありのままでいいんだ」と解放されたんですよね。みんなと同じである必要はなくて、一人ひとり違っていていいんだということを知ることができました。

好きなことを仕事にしたい


昔から動物が好きだったので、進路選択の時期になると、動物に関わる仕事がしたいと考えました。担任の先生に相談したところ、獣医学部で教鞭をとっている先生を紹介してもらったんです。

その人に相談すると、動物業界を牽引している獣医師という職業を教えてもらえました。獣医師を目指すために、獣医学を学べる大学を受験。学部自体も少ない上、医学部を目指す頭の良い学生が受験する学部でもあったので、狭き門でした。現役では合格できず、1年浪人して挑戦したのですが、再び落ちてしまいました。

唯一、親に「一つでもいいから滑り止めを受けなさい」と言われて受験していた臨床心理学部に合格。もう1年浪人することも考えましたが諦め、臨床心理学部に入学することにしました。

入学してから初めてうつ病という言葉を知ったくらい、何もわからないところから学んでいきました。その中で、「健康とは何か」という問いに対し、自分の考えを発表する授業があったんです。身体が元気なら健康なのか、心が病んでいても健康と言えるのか。ずっとぐるぐる考えていました。調べていくと、精神的に病んでしまい、衰弱して亡くなる事例と出会いました。心の状態が身体に及ぼす影響の大きさを初めて実感したんですよね。「病は気から」というように、心が健康じゃないと身体も健康でいられないと思いました。心理学の知識が増えていくにつれて、面白さを感じられるようになりました。

3年生の時、同期で心が落ち込んでいる子から相談を受けました。私が臨床心理学科だとを知っていたので、助けを求めてくれたんですよね。

相談に乗っていると、その子と会わない日も、「今どうしてるんだろう」と気になってしまって。相談に乗っている自分自身の気持ちも、暗くなっていきました。臨床心理学において大切なのは、患者さんとの時間と、自分の時間とを切り分けられる能力。人の悩みを自分事のようにも抱えてしまう私は、心理の領域で働くのは向いていないな、と思うようになりました。

就職活動の時期になり、将来何を仕事にしようか悩んでいました。そんなとき、たまたま両親の仕事についていく機会があったんです。母は婦人雑貨の仕入れのために、年に数回婦人雑貨の展覧会に行っていました。たまたま雨傘の展示ブースを見かけて、とても綺麗な傘を目にしたんです。それまで、傘はただ雨の日にさす道具としか思っていなくて。あまりこだわらずに、ビニール傘を使っていました。

でも、雨の日でも気持ちを明るくしてくれる傘って素敵だと思ったんですよね。傘そのものを好きになった瞬間でした。

幼い頃から、自営業で自分の好きなことを仕事にする両親の姿をみてきたので、「どうせなら好きなことをして生きていきたい」と思い、自分の興味がある傘の会社に就職をしました。

育児が辛いって言っていい


雨傘の製造・販売で全国シェアを誇るメーカーに入社しました。はじめの3年間は雨傘や日傘の生産管理を担当、その後自分から異動願いを出し、営業部へ。

傘の生産工程が知れたり、職人さんや、デザイナーの方に囲まれて、刺激的な毎日で楽しかったです。新しい世界をどんどん開いてもらった気がしました。部署自体も仲が良く、仕事だけでなく休日も時間を一緒に過ごせるような関係で、心地よかったですね。

しかし28歳のとき、結婚を機に退職。結婚後も、自分の興味があることに時間を使いたくて、新たに芸術の分野も見てみたいと思いました。そこで、音楽ホールのチケットセンターに転職。チケット作成、販売、接客をしていました。1つの会社で何年も働くイメージはなかったので、転職することへのハードルは低かったですね。

その後第一子を授かり、1年間育休をもらいました。子どもが生まれる前は、出産や育児に対して何の不安もありませんでした。しかし、いざ生まれて育児が始まると、自分の気持ちをいきなり「お母さん」に切り替えないといけなくて。自分の心がついていなかったんですよね。

それまでは、友達とお茶したり、自分の好きなお店に行ったりすることで気分転換をしていたのですが、それさえできなくなってしまって。夜中に赤ちゃんが泣けば夜通し付き添って、寝不足の日が続きました。

生まれてきた子どもは確かに可愛いけれど、自分の生活が一変して、全て赤ちゃんのための時間になって。なんでこんなに苦しい思いをしなければいけないんだろう、とずっと感じていました。育児雑誌を読むと、「育児が楽しい」ことが全面に押し出されていて。みんなキラキラして見えたんですよね。だから、「育児を楽しいと思えない私って変なのかな。苦しいなんて口に出したらダメなんだ」と思うようになりました。

赤ちゃんが生まれてから2カ月ほどが経ち、先に出産をした会社の同僚が自宅に遊びに来てくれました。そうしたら「育児って大変だよね。雑誌とか見るとキラキラしてるけど、実際は自分の時間もなくなるし、疲れるよね」とサラッと話してくれたんです。

自分がずっと抱えていた気持ちを、ほかのお母さんも持っていることに安心しました。「育児が辛いことって口に出してもいいんだ」と、どこか救われた気がしたんですよね。

そこから自分の気持ちと向き合えるようになって、だんだんと子どもとも向き合えるようになりました。子ども中心の生活にも慣れてきて、心から自分の子どもが可愛いと思えるようになってきて。子どもの成長とともに、育児も楽しくなっていきました。

一歩踏み出して見える景色


34歳のとき、二人目の子どもが生まれました。子どもたちとの時間をもっと大切にしたいと思い、チケットセンターでの仕事を辞めました。その後、在宅勤務が可能な、夫が運営する会社の広報PRを担当することに。

業務の一つに、メディア向けの自社サービスのPRがありました。しかし私は、なかなかメールの一通さえ送ることができなくて。自分のメールを受け取ったメディアの方がどんな反応をするのか不安だったんです。PRという仕事も華やかなイメージで、自分ではなく、もっとコミュニケーションスキルの高い人がすべき仕事なのではないかと抵抗感がありました。

そんな時に、夫の勧めもあり、あるPR講座に参加してみることにしたんです。在宅で働くようになってから社会との接点も少なくなっていたので、コミュニティを持つためにも参加してみたいなと思いました。

半年間、PRとは何かを1から学びました。受講生は女性10人ほどで、私と同じようにPRの知識を学びたい人や複業をしたい人が集まっていました。

講座の中で、PRプランニングの一環として、オンラインイベントを企画するプログラムがありました。多様な働き方を体現しているゲストを迎え、自分の今後のキャリアをどう描くのかを考えるというイベントです。

イベント企画は私にとっては初めてやることで、最初は「できるかな?」と不安でした。準備はどれも、新しく挑戦することばかり。それでも、1カ月という短い時間の中で準備を重ね、無事イベントを開催することができたんです。新しいことに挑戦することの大切さを再認識しました。

加えて、企画した私自身も、複業や多拠点で生活している登壇者の方の前向きに楽しく生きている姿に、心動かされました。登壇者は「考えても前に進まないから、とりあえずやってみよう」と伝えてくれたんです。一歩踏み出す力をもらった気がしました。

そんな経験を経て受講後は、PRという世界の高く見えている壁を、どうやって崩していけばいいのかを考えるように変わりました。講座参加前に躊躇していたメールも、「送ってみなきゃ分からないから、まずは送ってみよう」と送信のエンターキーを押せるようになって。実際、やってみると、高いと思っていた壁も飛び越えられる高さなんですよね。

お母さんの気持ちを世の中へ


現在は、夫が経営しているのMIZANI株式会社の事業の一つ、「OneLuck(ワンラック)」の広報PRを担当しています。「小さな幸せ」という思いを込めた、赤ちゃんにも安心して使える素材を使用したインナーアパレルブランドです。

一人目の子が生まれたときに、私と夫は赤ちゃんの肌の弱さを知りました。赤ちゃんが少しでもストレスのない生活を送れるよう、2年半開発と向き合い、試行錯誤してきました。このブランドを立ち上げた夫の気持ちを汲みつつ、サポートしていきたいです。広報としても、ブランドのストーリーや立ち上げの想いを届けられたらいいなと。

今後は、産前産後のお母さんの不安な気持ちをインタビュー記事にして、社会に伝えたいという思いがあります。

産後は、女性は「お母さん」になるために心のスイッチを切り替えないといけません。一人で抱えがちな不安や孤独を、社会に発信していきたいです。発信することで、まさに悩んでいるお母さんたちが一人じゃないと思えるようにしたいですね。加えて、パートナーや家族にも、お母さんになる女性の気持ちを知って欲しいと思います。そうすると、接し方も変わってくると思うんですよね。

赤ちゃんが生まれてくるのは、本当に幸せなこと。ただ、育児はずっと続くものだからこそ、お母さんの不安や孤独を少しでも和らげ、悩んでいる女性や家族の心の支えになれたらいいなと思います。かつて、私が友人の一言に救われたように。

これまで、小さな興味やきっかけから新しい世界に飛び込んだとき、自分のやりたいことを見つけてきました。これからも、迷ったときは立ち止まらずにやってみる、一歩踏み出してみることを大切にしたいですね。自分にできるのかと悩むこともありますが、目の前に立ちはだかる壁をどうやって壊していくのか。その壁を壊したり、ときには越えていくことで、これからもワクワクしていきたいです。

2021.05.31

インタビュー・ライティング | かなつな ななみ
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