南米人に学んだ、今を楽しむことへの情熱。 歩み出したインタビューライターへの道。

会社員として働くかたわら、副業でインタビューライターとして活動するなんしゅさん。インタビューライターの仕事は「宝石集め」に似ていると話します。なんしゅさんにとっての宝石とは?お話を伺いました。

なんしゅ

なんしゅ|インタビューライター
岡山県倉敷市生まれ。筑波大学国際総合学類卒業。平日は会社員としてフルタイムの勤務をし、終業後と週末でインタビューライターとして活動。主に女性のキャリア相談にものっている。

好奇心と海外への憧れ


岡山県の倉敷市で生まれ、4歳で茨城県に引っ越しました。子供の頃は人と話すのがすごく好きでした。同い年の子どもよりも大人と話したくて、新幹線では隣の席の人に話しかけたりしていました。

好奇心も旺盛で、お店に着いたら真っ先に自分の行きたいところに行っていました。そのためよく迷子になって、迷子センターに保護されていましたね。そのうち、迷子センターで前回読んだ本の続きを読みたいがために、わざと保護されてみるなど迷子センターの常連に。迷子係のお姉さんに名前を覚えられていた程でした。親には諦められていたのか呆れられていたのか、不思議と怒られなかったですね。小学校に上がっても活発で、好奇心にしたがってあれもこれもやる子でした。

中高は私立の一貫校に行き、部活に没頭。音楽部でフルートを吹いていました。吹奏楽もジャズもオーケストラもなんでもござれの部で、水曜には吹奏楽、金曜日はオーケストラなど曜日ごとに違う練習メニューをこなす必要があるのです。週末も含めて、とにかく毎日音楽漬けの生活でした。

そんな中、夏休みを利用して、父の単身赴任先であるアメリカに2週間遊びに行く機会があったんです。もともと小学校の頃から英語を勉強してきて好きだったこともあり、海外の人と英語で話すことがすごく楽しかったです。海外の人とコミュニケーションを重ねた忘れられない2週間で、将来は必ず留学したいと思うようになりました。

留学ができて国際的なことが学べる学部を求めて、大学を選びましたね。

英語から一転、西語圏への進路変更


念願の留学に一歩近づいた事で、意気揚々と大学生活をスタート。しかしそれも束の間、私が入学した学部の人はものすごく海外好きだったり、帰国子女だったりして、授業中の英語でのディスカッションなどではもう、歯が立たないんです。私だって小学生の頃から10年は英語を勉強してきましたが、留学している人や帰国子女には敵いませんでした。レベルが全然違うことにショックを受けてしまって。英語を極めるのは難しいなと思うようになりました。

それならばどうしようかと考えて、新しい言語に目を向けてみようと思いました。テレビや本などで見た中南米の人たちの、周りを気にせず自分らしさを貫いたり、家族や友だちを大切にしたりする雰囲気が好きだったので、南米のスペイン語圏に興味が向いたんです。留学といえば、アメリカやヨーロッパを行き先に選ぶ人が比較的多い中、日本人が全くいないところに行って、自分がどれくらい成長できるのか試してみたいという気持ちも強くあって。日本人が少なそうなペルーを、留学先に選びました。

大学ではジェンダーに関する研究をしていて、卒業研究のテーマにペルーを絡めました。フィールドワークと呼ばれる現地調査の計画書を練り、学内プログラムに応募。選考に合格し、大学3年生の時に、念願のペルーでの生活がスタートしました。

人生の楽しさを教えてくれたペルー


現地プログラムの期間は7カ月。最初はペルーの都市部で留学生達とルームシェア生活をしながら、大学に通いました。いろいろな国の留学生達と共同生活をする中で、それぞれの出身国の文化や常識の違いに触れ、自分が日本では当たり前だと思ってきたことが必ずしも当たり前ではないということに気づかされました。カルチャーショックはとんでもなく大きかったです。

日本との違いで一番大きいと感じた点は、「自分の意見を持つ」ということ。日本では、学校では同じ制服を着て行動しますし、就職活動になれば全員髪の毛を黒く染めてスーツを着ます。そういう枠の中で生きてきたが故か、何か意見を求められたとき、周りに合わせてしまう傾向がありました。ペルーで「自分の意見をきちんと持った方がいいよ」とかなり強く指摘されて。そこで初めて、私は自分の意見を持っていなかったことに気づきました。

ただ、それで自分に対して否定的にはなりませんでしたね。メキシコ人の友人は「日本の考え方は素晴らしいから、考え方は日本人みたいにして、でもラテンアメリカ人みたいに人生を楽しもうよ!」と言ってくれて。先のことを考えてリスクヘッジする日本人的な考え方に、南米の楽天的な部分を取り入れて、上手にバランスを取るイメージを教えてくれました。

それに、南米の人たちは愛があるというか、人懐っこいんです。初対面でもとてもフレンドリーだし、年上の人たちからは本当の娘のように接してもらえて。そういう愛情に囲まれて過ごすうちに、自分が認められている感覚が大きくなり、自己肯定感が上がっていくのを自覚できました。

ある日、卒業研究の一環で、先住民族の女性たちがどういう暮らしをしているか、取材をしに村に行くことにしました。山を登り下りして先住民族の村や仕事場に行くと、生き生きしている女性たちに会ったんです。

渡航前は、先住民族に対してある種の思い込みがありました。貧しくて辛い生活を送っているんじゃないかという先入観です。でも実際村に行って目にしたのは、とても生き生きと働き、村のコミュニティ全員で仲良く子育てする姿でした。仕事の合間には女の子でもサッカーをして遊んだりしていて。一人ひとりに話を聞いて回ると、みんな仕事がすごく楽しいと話すんです。

みんな自分らしく生きていていいなと、素直に思いました。1カ月間かけていろいろな都市を周り、50人ほどに話を聞くことができましたが、誰かに会いにいって話を聞くことの楽しさを感じた、初めての経験でしたね。

南米の大自然の中に一人たたずむと、自分はこんなにちっぽけだったのかと感じました。そんな自然の中で、先住民族の女性たちも含めて、南米人たちは自分の人生をすごく楽しんでいます。気分がウキウキすれば、踊りなんかですぐ表現することにも抵抗がありません。それまでは周りに合わせないといけない、空気を読んで生きていかないといけないと思っていましたが、「自分の人生を楽しく生きてもいいんだ」と気づかされました。

年齢は離れているけど、親友と呼べるほど仲が良いドイツ人の友達もできました。彼女に言われた言葉は「Carpe Diem, Memento Mori」。「死を思え、その日を摘め」という意味です。人はいつか亡くなるから、今の一瞬を楽しめ、今を生きろ。これは私の座右の銘になりました。今を生きよう、思いっきり楽しもう!そのことを、ペルーで学びました。

籠の中の鳥は空を求める


大学卒業後も海外に関わりたいという思いから、就職活動では海外展開しているメーカーに就職しました。しかし、社会人になって見ると、籠に閉じ込められた鳥のような窮屈さを感じました。全く生気のない顔で、朝晩の満員電車に揺られる大勢のサラリーマン。自分もその一人になったんです。朝会社に行って夜帰って来る、同じことの繰り返し。ペルーでのあの自由に旅をしていた感覚はだんだん薄れていきました。

就職先は実家から遠い県で、一人で来ているから友人もいない。終業後や休日に遊ぶ仲間もできず、家に引きこもっては部屋の天井をただ眺める日々を過ごしました。内勤の事務職でパソコンを相手に働く毎日は、刺激の強かったペルー時代と比較すると落差が大きすぎて、何をどう楽しんでいいのかもわからなくなっていました。

そして追い討ちをかけるようにやってきたのが、新型コロナウィルスの流行による自粛生活でした。緊急事態宣言下では経済活動も制限され、大きな企業もどんどん潰れていくのを目の当たりにしました。それを見て、会社にしがみついていてもこの先どうなるかはわからない、自分でキャリアを作り上げないといけないんだと気付いたんです。潰しのきかない事務職ではなく、どこでも生きていける人になりたい、自分の好きな海外でも仕事をもらえるような人になりたいと思うようになり、副業を探し始めました。

インタビューライターとの出会い


その中で、女性向けのキャリアスクールを見つけ、入学しました。「女性が真に解放されて、自分らしく生きて欲しい」という理念に共感したんです。そこで小学校時代に自分の書いた文章を褒められたことを思い出し、ライターコースを受講することに。

そこで、インタビューライターという仕事に初めて出会いました。課題をこなすうちに、ペルーでのインタビュー経験を思い出しました。私はこれを楽しんでできるかもしれないと思い始めたら、もう本当にとても楽しくなってしまって。久々に火がついた私は、早速SNSで「#ライター募集」で検索して、とにかく応募を繰り返しました。

まだスクールに通い始めて1カ月くらいのことです。そこまで思い切ったことができたのは、前向きで志の高い、スクールの仲間達の存在が励みになったからでした。

そうしてがむしゃらに動いた結果、奇跡的に未経験でもインタビューライターとして採用してもらえて、勉強しながら書くようになりました。

事務の仕事との両立はとても大変です。フルタイム勤務の終業後、平日の夜と週末の時間を使ってライターとしての活動をしています。それでも自分はやはりいろんな人と会うのが楽しいんだとはっきり自覚しました。日本で社会人になって籠の中の鳥のようだと感じた窮屈さから、やっと少しずつ自分を取り戻せたような気がしたんです。

自分らしく生きたい人の思いを掬う


現在は、会社員として働く傍ら、副業としてインタビューライターをしています。ライターとしては駆け出しですが、今本当に楽しいです。私は興味の幅が広いので、1つのことに集中するよりは、いろいろ同時並行していくほうが楽しいんですよね。もちろん会社員としてフルタイムで就業している間も学べる事は本当に多く、社会人としての基礎や仕事に対する心構えなどはそこでこそ学べた事だと思っているので、会社員とライターとの兼業をこれからも続けていくつもりです。コロナの流行が収束したら、まず南米に行き、スペイン語での取材もできるようになりたいですね。

現在はそれ以外に、キャリアに悩む女性の方々の相談にものっています。大学でジェンダー研究をして来たこととも繋がりますが、女性はライフステージの変化から受ける影響が大きく、キャリアを築くのが難しい傾向にあります。だからこそ、そんな女性たちが、生き生きと生きるお手伝いがしたいと思っています。

ライターに関してもベースの考えは同じです。女性だけではなく、地方、生産者、外国人など、困難な状況にある人達の思いをすくえるようになりたいし、みんなが生き生きと人生を歩めるような世の中にしたい。私はインタビューライターとして、そういう人たちの素敵なところを届けたいなと思っています。

インタビューライターとして出会った人たちは、他のライターさんも、取材対象のみなさんも、本当に素敵な人たちばかりなんです。だから、その人達の良さを届けたい。それと同時に、私の中ではこうして素敵な人との出会いを重ねることが「宝石集め」なんですよね。自分らしい生き方をしている人たちとの出会いは、私にとって宝石そのもの。それが、自分の人生を豊かにしてくれると感じています。

2021.05.25

インタビュー・ライティング | 牧野 陽子
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