結婚式だからこそ伝えられる言葉がある。 本音を引き出し、寄り添うことが僕の「使命」。

フリーのウェディングプランナー兼フォトグラファーとして、結婚式のプランニング、当日のサポートから各種記念日の撮影まで幅広くこなす和田さん。和田さんにとって、結婚式は「普段は言えない気持ちを伝えられる場所」だと言います。そう思うようになった背景とは?お話を伺いました。

和田 翔太郎

わだ しょうたろう|ウェディングプランナー・フォトグラファー
1989年、愛知県名古屋市生まれ。大学卒業後、結婚式場に就職。会場案内、プランニング、結婚式当日の現場責任者まで担当する一貫型プランナーとなる。約4年間の式場勤務ののち、29歳でフリーのウェディングプランナーに。同時に学生時代からのカメラ経験を活かし、フォトグラファーとしても活動を始める。

「表に出てもいい」と背中を押され


愛知県名古屋市に生まれました。幼い頃から、人前に出るのが苦手な性格でしたね。

小学校高学年になると、同級生の多くが参加していた、学区内にある神社のお祭りのお囃子隊に入りました。お囃子隊の中には、仲の良い友達もいれば、そうでもない子もいて、年齢も様々です。皆と一緒に同じものを作るのが楽しかったですね。

とくに太鼓のリズム打ちは、器用にできるほうでした。普段は自分に自信がなく、人の後ろに引っ込んでしまい、みんなと対等に振る舞えませんでした。でも太鼓が得意だったことで、お囃子隊ではみんなの中に溶け込め、居心地の良さを感じました。

地元の中学に進学すると、2年生のとき担任の先生から生徒会に推薦されました。驚きましたが、期待してくれるならやってみようと思い、挑戦することにしたんです。初めて大勢の人の前に立ち、組織を引っ張る経験をしました。

これまでは表に立つなんて考えたこともなかったけれど、先生に促されたことで「表に出てもいいんだ」と思えるようになり、頼られることが嬉しくて精一杯こなしました。中学3年生では、クラス長を任されるようになっていましたね。

一方で、中学生に入った頃から、親への反抗心が芽生えてきました。学校ではみんなから頼られるようになっていたのに、家ではずっと子ども扱い。親が何かと心配し、干渉してくるたびにイライラしていましたね。嫌いではないけれど、避けてしまうようになりました。

理想を追求した結果、見えたもの


高校は自転車で行ける学校に進み、大学も地元の国公立大学に進学。大学では、小学校から続けてきたお囃子隊の経験を活かしたいと思い、舞台上で和太鼓や民謡などを披露するサークルに入りました。

和太鼓などの演目が上手くできたこともあり、自分の意見を発信し、サークルを引っ張るようなポジションになりました。慕ってくれる後輩や信頼できる仲間もできて、居心地の良さを感じる日々でしたね。

サークルでは、大学の学祭以外にも、ホールを借りて自主公演をします。半年かけて一つの演目をつくり上げていくのですが、これが大変。「こんな演目にしたい」という理想的な形に近づけるために、試行錯誤の毎日でした。

もっと良くするには、どうすればいいか。他の団体の演目の動画を観ながら、鏡越しで真似て研究をしたり、人に教えてもらったことを積極的に取り入れたりしていきました。そうやって見出した理想形を、自分ができるようになるだけではなく、仲間にも伝えていく必要があります。日々の稽古の中でどう伝えればいいのか、悩むこともありましたね。お客さんはお金を払ってわざわざ観に来てくれます。だから、どうしても納得のいくものにしたい。最後まで理想の形を追い求めました。

舞台当日、やっとの思いでできた演目を披露。終わったあとは達成感に包まれましたね。舞台後の観客アンケートでは、十数個ある演目の中で、僕が指導した演目が一番人気になりました。途中で諦めず理想を目指して、自分がやり切りたいところまで追求することで、お客様に認めていただき、評価されることが分かりました。そういう体験を、同じ志を持つ仲間と共有できて本当に良かったです。

100%全力では足りない


大学生活の中で、理想を追い求め、仲間と協力し合いながら、一つのものをつくり上げていく楽しさを知りました。その経験もあって、一人ひとりのお客様に寄り添って、一つのものをつくり上げる仕事がしたいと思い、結婚式場に就職することにしました。

最初の就職先は新潟県の式場でしたが、もっと都会で挑戦したいという思いが生まれ、東京のブライダル会社に転職しました。転職先ではウェディングプランナーの仕事を任され、忙しい毎日を送ります。それでもお客様から感謝されると、しんどさも吹き飛びましたね。

新郎新婦は、それぞれの思いを叶えるため、何百万円というお金を1回の結婚式のために使っていただけます。それは結婚式の1日を作る、私たちへの信頼でもあると感じました。その信頼に応えるためには、100%の全力でもまだ足りない。どれだけやっても、もっともっと応えたいと思うのです。できる限りを尽くして、新郎新婦の思いをかたちにし、人生の輝く1ページを作る必要がある。その気持ちは、どんなに大変なことがあっても変わらずに私の中にありました。

しかし、社内の人間関係がうまく築けず、約4年働いて会社を退職。その後、仕事はお金を稼ぐ手段と考え、異業種の仕事に挑戦するようになりました。プライベートでは、趣味のダイビングに没頭し、充実した生活を送っていましたね。

ただ、どこか物足りなさを感じていました。仕事にやり甲斐を感じたいと思うようになっていたんです。やっぱり人としっかりと向き合える、ウェディングの仕事が好きだと改めて気づかされました。

そんなとき、結婚式場で働いていた頃の同期が、式場をやめ独立すると聞きました。特定の式場で働くのではなく、式場選びから式当日まで伴走する、フリーランスのウェディングプランナーになるというのです。事業を立ち上げるタイミングで僕も参画し、一緒にフリープランナーとして結婚式を企画するようになりました。

1年ほど仲間とやっていましたが、29歳のとき、「さらにお客様に寄り添った式をつくりたい」という理想を追求するため独立。crossV Weddingを立ち上げました。同時に学生時代からやっていた写真を活かし、フォトグラファーの活動も始動。フリーランスとして独立し働き始めました。しかしフリーで働くことに対して、両親は心配のためか、あまりいい顔はしませんでした。

お客様のために、踏み込む覚悟


プランナーの仕事をしていると、結婚式の写真を目にする機会が多くあります。ある日、何気なく見た写真に心を奪われました。新婦の父親がモーニングスーツを着て笑っている、ただそれだけの写真。しかし目にした途端、脳裏に自分の両親の顔が浮かんだんです。

中学校、高校と反抗期が続いて、親との関わりを避けたまま大人になりました。この写真のような親の笑顔の記憶がない。かすかに思い出すのは幼い頃の両親の笑顔で、反抗期以降は私が親に何もしてあげられなかったせいか、親の笑顔が思い出せなかったんです。そこに、強い違和感を覚えました。

自分の親に本音をぶつけられず、笑顔にもできていない。そんな自分が、人の気持ちに寄り添うプランナーを続けるなんてできない。そこをきちんと整理をしなければ、これ以上、プランナーを続けられないと直感的に感じました。

そこで両親への感謝の気持ちを込めて、ふたりの姿を写真で記録する「カップルフォト」の撮影をしようと決めました。何もない状態で親を笑顔にさせるのは、恥ずかしさもあり、無理だと思って…。フォトグラファーとして「両親のカップルフォトを撮る」というイベントを作ることで、何とか伝えられると思ったんですよね。

自分の口から感謝を伝えるのは照れるので、最初に手紙を渡してから撮影をしようと決めました。でも、なかなか手紙が書けないんです。弟が京都に住んでいたので、京都のお寺で撮影をすることに決めたのですが、移動日の前日になってもまだ書けない。行きの電車でやっと書き始められました。

悩んだ末に何とか書き上げ、これまでの感謝の気持ちや仕事への思いなどを、初めて自分の言葉で伝えました。手紙を読んだ両親から、「応援するよ」と言葉をもらって。心が温かくなりました。自分自身で両親を笑顔にでき、自分の活動を応援してもらえたことは、想像していた以上に心に響いたんです。親からの応援で大きなパワーをもらえることを、初めて知りました。

この経験から私自身も、親との関係性をもっと大事にしていきたい。そして新郎新婦の親への思いにも、さらに寄り添っていきたいと強く思いました。

ウェディングプランナーとして、数回しか会ったことのないお客様に親との関係性を聞くのは、とても勇気がいることです。しかし結婚式という一つの機会を通して、親と本音を伝え合ってもらえたらいいなと思うようになったのです。極端なことを言うと、私がカップルフォトやカメラというかぶり物をかぶったように、結婚式を言い訳にしてもいい。「式だから、勢い余って言っちゃった」なんて言えるのが、結婚式だと思うんです。その瞬間を逃してしまったら、一生伝えられないままになってしまうことのほうが多いでしょう。

私の関わった新郎新婦には、本当の気持ちを伝えることで生まれる感動を知ってほしい。結婚式の演出の方向性だけではなく、畏れずに新郎新婦の両親への思いや本音に耳を傾け、引き出すことが使命だと感じるようになりました。

想いに寄り添い、伝える結婚式を


現在は、フリーランスのウェディングプランナー兼フォトグラファーとして、結婚式をより輝かせるためにお客様に寄り添っています。式場探しから式当日まで、一貫して支援できるのがフリープランナーの強みです。

お客様の中には、披露宴や式に対する考え方が、新郎新婦で違う場合があります。そのようなときは、丁寧に話し合い、それぞれの気持ちに配慮した形を考えます。一般的なウェディンブプランナーの枠を越えて幅広く対応するようにしています。思い描いた結婚式ができたと喜んでもらえることが嬉しいです。

コロナ禍で、なかなか結婚式ができないカップルも多くいます。そんな結婚式未定のカップルのために、何かできないかと悩んだ末に、前撮りショートムービー&フォトサービスを2021年から始めました。動画は、結婚の報告とともに「落ち着いたら式をするので、その時には来てね」という思いを含めた、日付のない招待状のような内容。動画を撮影した場所での簡易的な挙式セレモニーや、状況が落ち着いた後の二次会の開催など、アフターサポートも付けたプランです。

いろいろな式の形態が生まれていますが、今すぐ無理にリモートで挙式しなくてもいいし、結婚式を諦めなくてもいいと思っています。とりあえず、フリーのウェディングプランナーである私に預けてもらい、今後の状況に合わせて考えていく。そのサポートをしていければと考え抜いて作りました。特定の会場に縛られずお客様をサポートできる、フリーランスだからこそできるサービスでもあります。

今後も、お客様の本音を活かしつつ、両親への感謝を伝えられるような式を作り続けていきたいです。恥ずかしくて普段言えないような思いを、結婚という節目に引き出し、形にするのが私の使命だと思っています。そのうえで、お客様の心に寄り添い、お客様にとって理想の結婚式を実現していきたいです。

ウエディングで関わった新郎新婦さんとは深い繋がりができるので、長く関係性を続けていけたらすごくいいなと思います。式後も、マタニティフォトや七五三など、人生の節目を写真に残していく形で、フォトグラファーとしてサポートできたら嬉しいですね。

2021.05.10

インタビュー・ライティング | 夏野久万
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