関わる人の可能性を引き出したい。 航空会社だからできる教育事業を。

航空会社でグランドスタッフを経て、旅と教育を軸に新規事業開発に取り組む大下さん。幼い頃からずっと、客室乗務員に憧れていたのだそう。そんな大下さんがなぜ今、航空会社で新規事業に取り組むのか。お話を伺いました。

大下 眞央

おおしも まお|ANAホールディングス株式会社デジタル・デザイン・ラボ
広島県生まれ。ANAエアポートサービス株式会社でグランドスタッフ、インストラクターを経て、ANA AVATAR PROJECTメンバーに。2018年からANAホールディングス株式会社のデジタル・デザイン・ラボに所属し、経済産業省の次世代イノベーター育成プログラム「始動」に参加。中高生向けの旅×学びの「イノ旅」、旅を次世代教育の一環として活用する「旅と学びの協議会」を担当。

希望や夢を与える人になりたい


広島県東広島市で生まれました。走ることが大好きで、負けず嫌いな子どもでしたね。好きなことや興味を持ったことにはとことんのめりこむタイプでした。

しかし、喘息持ちで身体が弱かったので、学校や授業を休むこともしばしば。小学4年生の時には酷い発作が起きてしまい、意識不明で救急車で運ばれました。集中治療室で治療を受け、しばらく入院することになってしまったんです。

筋力が衰えて、吹いてくる風にも抗えないくらい体重が軽くなってしまったので、大好きだった走ることもできなくなりました。ずっと寝たきりで、息も苦しくて、「なんで自分がこんな思いをしなくちゃいけないんだろう」と辛い気持ちでいっぱいでしたね。

でもその中で付きっ切りでサポートしてくれた両親を見て、自分が生かされているのは周りの人に支えてもらっているおかげだと気づいたんです。「生きているだけで幸せだし、ありがたい」と思うようになりました。結局半年間の治療生活を送りましたが、無事に回復して退院することができました。

その後、家族で東京ディズニーランドに行けることに。広島から飛行機に乗った時に、客室乗務員の女性を見て一目で憧れました。ばりばり働く姿がすごくかっこよくて、「こんな人になりたい」と思ったんです。喘息持ちで身体が弱いから、「わたしはなれないんだろうな」という気持ちもありました。でも、この人のように自分も誰かに夢や希望を与えられたらいいなと思い、ほのかに客室乗務員を夢見るようになりました。

初めて意志を貫いたカナダ留学


進学した中学は校則が厳しいところだったので、とにかく真面目に頑張っていましたね。英語の授業が好きで、海外や世界と関われる国際関係の仕事につきたいという思いが強くなりました。

成績がよかったのと仲が良い友達が行くという理由で、高校には推薦で進学したのですが、そのぶん勉強をさぼってしまって。後悔していたので、大学は一般入試で受験して国際関係について学べる広島の大学へ進学しました。

大学では英米文学や国際政治について学びつつ、広島発祥のエスキーテニスというスポーツのサークルで土日も練習に明け暮れる日々。普段の生活では、一人で行動することが苦手で、誰かといないと不安なタイプでしたね。仲のいい友達とずーっと一緒にいるから「化合物」と言われるくらい(笑)。

でも段々と、知り合いがいない環境でどこまで自分が適応できるのか、チャレンジしてみたいと思うようになりました。そこで、大学2年生の時「今しかない」と思い立って、カナダのバンクーバーに留学することに決めたんです。

両親からは「日本にいたほうがいい」と反対されました。でも、どうしても挑戦したい気持ちが勝り、「自分で貯めたお金を使うし、自分で選んだことだから行かせてほしい」と説得しました。幼い頃から喘息で両親に迷惑をかけたぶん、知らず知らずのうちに両親が求めるように生きようとしていたところがあったんです。そういう意識も変えたくて。自分の意志で選択をした初めての瞬間でしたね。

いざカナダに渡ると、英語はほとんど喋れませんでした。ホストファミリーの言葉も聞き取れないし言葉も通じない。けれど、なぜか気持ちが通じ合えることに驚いたんです。電車の乗り換えでキョロキョロしていたら誰かが助けてくれるし、学校の授業もわからないけれど気づけば友達ができている。「こんな自分でも、意外となんとかなるじゃん」とかなり自信がつきましたね。

言語の違う知らない土地で生きて帰ってこられたし、そこでの生活が何よりすごく楽しかった。留学後は一人で行動する事が怖くなくなって、興味があることにはどんどん足を踏み入れるようになりました。

自分の人生に責任を持ちたかった


それから就活を意識するようになると、将来について真剣に考え始めました。小学生以来、ずっとほのかに客室乗務員に憧れを抱きつづけてきましたが、「身体が弱かったわたしがもし本当に客室乗務員になれたら、同じような境遇の子どもたちが励まされるんじゃないか」と思い、本気で目指すことに決めました。

とはいえ、就活時期は他にもいろいろな業界を受けましたね。地元の銀行や食品メーカー、テレビ局など8割が地元・広島の企業でした。

最終的には、東京の航空会社と地元の銀行に内定。客室乗務員には最終一歩手前で落ちてしまいました。大きな決断を前にして、すごく悩みましたね。「安定した銀行に就職することは一つの成功」という地元特有の価値観もあり、周囲の人や両親からは東京に行くことを反対されたんです。

でも、わたしの中では気持ちはすでに一方に傾いていました。客室乗務員になれなかったことはすごくショックだったけれど、航空会社を選べばグループ会社でグランドスタッフとして働けることが決まっていて。航空会社の「夢と希望を届ける」という理念と、わたしの「苦しんでいる人に夢や希望を与えたい」という思いも一致していたので、ここで挑戦したいと強く思いました。

それに、両親や友人の意見で就職先を決めたら、上手くいかなかったときに言い訳をして、自分の人生に責任持てなくなってしまうと思ったんです。そこで両親を説得し、自分の意志で東京の航空会社でグランドスタッフとして働くことに決めました。

妄想が現実になっていく喜び


入社していざ働き始めると、グランドスタッフの仕事のマルチタスクさに驚きました。接客だけでなく、確認作業がものすごく多いんです。最初に訓練期間があるのですが、わたしは全然ついていけなくてかなり苦戦しました。頭をフル回転させながら、笑顔で働く先輩たちを見て、本当に尊敬しましたね。

でも仕事を続けていくうちに、目の前のお客様に最適なご案内をして短時間で満足していただくことに面白味を感じるようになりました。次第に要領をつかみ、入社3年目にはインストラクターとして新入社員の訓練を担当させてもらえることになったんです。

それにあたり、従来のカリキュラムも刷新しました。最初は何もできなかった訓練生たちが、2週間の訓練を経て成長した姿を見るのがすごくうれしくて。この経験から、頭を使って何か新しいものを生み出すことに関心が向くようになりました。

その頃ちょうど、社内でオリンピックに向けた新規事業を考えるプロジェクトが立ち上がり、新しいことをやってみたい一心で応募をしました。すると、運よく参加できることに。グランドスタッフの仕事の傍ら、月3日、新規事業の企画に携わることになったんです。

メンバー10人でゼロからアイデアを考えて、最年少だったわたしがなぜか経営会議でプレゼンをしました(笑)。ただの妄想が少しずつ現実のものになっていく感覚が楽しくて、「わたしがやりたかったのって、これかも」と気づきました。次第に、自分が企画の主体になってもっと本格的に新規事業に取り組んでいきたいという思いが強くなり、入社4年目の時に新規事業部署の公募に手を挙げ、異動することにしました。

グランドスタッフの仕事で学ぶこともたくさんありましたが、未練はありませんでしたね。これから始まる新規事業の仕事に、とにかくわくわくしていました。

社外に出て初めて知った自分の強み


やりたかった新規事業部に異動できたはいいものの、自ら動かないと何も仕事がないことに愕然としました。もともと取り組むべき課題やミッションはあるものの、分野や具体的な指定があるわけではなく各自の課題感や思いに基づいて事業を作っていくので、はじめはカレンダーが真っ白なんです。

「さあ、どうぞ」と言われた時に、「何からすればいいんだ?」とさっそく立ち止まってしまって。「わたしは今まで何をしてきたんだろう」と落ち込み、自分で考えて行動する力の必要性を改めて強く感じました。それと同時に、今の子どもたちに対して、学校教育以外でそういった力を付けるための機会を作れないかと思うようになったんです。

そこで、まずはビジネスを学ぶために先輩に勧められた、経産省主催のイノベーター育成プログラムに半年間参加しました。そこには、フランス留学を経てアパレル店員の課題を解決するために来た方や、大企業で新しく新規事業を立ち上げようと奮闘している方など、個性豊かな人たちばかりが集まっていました。多様な価値観を持つ仲間と出会って「こんなに自由でいいんだ」と驚きましたね。

そこで出会った社外の人から、利害関係なしにフラットに自分の良さを認めてもらえたことは、わたしにとって大きな自信になりました。一緒に活動していく中で、仲間に「眞央は誰とでも上手くコミュニケーションが取れてすごい」と褒められたことがあって。全く自覚していなかったけれど、たしかに皆さんすごく楽しそうに喋ってくださるんです。あとは、「眞央が『こういう事をやりたい』と言った時に、『助けたい』『一緒にやりたい』と自然に人が集まるよね」と言ってもらうこともありました。

そうやって、社内にいたら気づけなかった強みを周囲の人にたくさん引き出してもらったことで、そこを極めようと思えたし、仕事にも生かせるようになったんです。それと同時に、わたしがそうだったように、機会さえあれば新しい挑戦に踏み出せる人がたくさんいるはずだと思ったんですよね。だから、今度はわたしが人の可能性や強みを引き出す事業をしたいと考えるようになりました。

見つけた旅と学びの可能性


プログラムに通い始めて少し経った頃、研修で香川県の小豆島に行くことがありました。東京大学の学生がリーダーになって、地元の高校生と一緒に地域事業者さんの課題解決のアイデア考えるという企画に、サポートで入りました。すると、数日間で高校生たちの表情や姿がみるみる変わっていったんです。固定概念に捉われないアイデアがたくさん出るようになって、「高校生の可能性ってすごいな」って。

同時に、地域以外の人を交えて課題を考えていくことは、地域の魅力や取り組みを知ってもらういい機会にもなりますし、地域事業者にとっても可能性が広がることなんだなと実感したんです。そこに着想を得て、首都圏の中高生を対象に、地域課題解決のイノベーション旅『イノ旅』を新規事業として企画しました。

多様な価値観を受け入れて共働していく力や想像力、あるいは思いを持ってやり抜く力を身に着けるには、学校の教室だけだとやっぱり限界がある。安心安全で快適な環境から飛び出して価値観や可能性を広げる手段として、旅にはすごく可能性があると思ったんです。今後の進路を決める大事な時期だからこそ、中高生に体験してほしいなと。

それに、日本各地に飛ぶ航空会社だからこそ、それぞれの地域とフラットな関係だと思うんですね。特定の地域を贔屓することもない。だから、本当に面白い取り組みをしている人や場所をピックアップして質のいいプログラムが作れるし、他の地域に事例共有することもできる。航空会社で教育事業をやるメリットはそこだと信じて企画しました。

しかし、上司や周囲の人たちにはなかなか理解してもらえず…。それでも、社外でできた仲間の支えがあったから、完全に心が折れることはありませんでした。「航空会社だからこそ、やる意味があるよ」と言い続けてくれた言葉を信じて粘り強く続けた結果、支援してくださる自治体や学校が少しずつ増えていきました。

形になるまでにすごく時間がかかったけれど、諦めずに言い続ければどんどん具現化していくし、結局はそこでやるかやらないかを自分自身で決断することが大事だなと、何かが吹っ切れたような気がしましたね。

人の強みや可能性を引き出したい


現在は、『イノ旅』の企画・コーディネートをしながら、研究者や大学、民間企業などさまざまな関係者の方々と旅や移動の価値を再提起する『旅と学びの協議会』という取り組みをしています。

いろいろな立場や価値観の方たちが同じ方向を向いて進んでいくためのサポートをする立場なので、過去に仲間に見つけてもらった強みを生かせているなと思いますね。

『イノ旅』は、自分で「やりたい」と言って参加してくれる高校生が多いです。過去に参加してくれた高校生の中には、「受験で燃え尽きてしまっていたけれど、『イノ旅』で多様で面白い同世代の子と触れ合う中で刺激を受けて、頑張る意欲が湧いた」と言ってくれた子もいて、やっていてよかったなと思いましたね。高校生のみんなに、何かしら将来のきっかけの種を届けられたのかなと思うと、本当にうれしいです。

今は首都圏の学生さんが対象ですが、「こう生きるのが正しい」という古い価値観が根強く残っている地方にも、もっと広げていきたいと考えています。

今後は旅を軸にしつつ、引き続き人の可能性や強みを引き出す機会やサービスを作っていきたいですね。最近は個人的に「人の強みや経験で繋がれるマッチングアプリ」を企画していて、プログラミングを絶賛勉強中なんです。あったらいいなと思うものは、率先してやっちゃおうと思って(笑)。

みんな、「こういうのあったらいいよね」という妄想はするのですが、「じゃあ、やっちゃいます」という人は本当に少ないと感じています。だから私は、世の中に本当にあった方がいいなって思うものは、積極的にやっちゃおうと思っています。

新型コロナウイルス感染症の影響で、旅の価値は大きく変わりました。この先、「リアルじゃなきゃいけない旅」だけが残り、移動自体の価値も高まっていくと思います。今はオンラインでどこにいても繋がれますが、リアルにはリアルの価値がある。わたし自身も、リアルで会いたいと思ってもらえる人であり続けたいです。

2021.03.29

インタビュー・ライティング | むらやま あき
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