「人と人を繋ぐ」スポーツの価値を広めたい。 いつも隣にあったサッカーが教えてくれたこと。

幼い頃からサッカーを始め、人生の隣にはいつもサッカーがあったという清水さん。あるサッカーシューズとの出会いをきっかけに、大手のスポーツ用品メーカーに就職。シューズ業界の常識を変える新規事業の立ち上げに奔走しています。清水さんを駆り立てる思いの根源にあるものは何か。お話を伺いました。

清水 雄一

しみず ゆういち|ミズノ株式会社
1988年、三重県伊賀市生まれ。鈴鹿工業高等専門学校卒業後、神戸大学発達科学部に編入し、人間の動きについて研究。2012年、ミズノ株式会社に入社。現在、2022年に設立予定の新研究開発拠点のプロジェクトや、新規事業アクセラレーションプログラムの運営に従事。2020年7月より、大企業の若手中堅有志団体の実践コミュニテ ィ「ONE JAPAN」主催の大企業挑戦者支援プログラム「CHANGE by ONE JAPAN」に参加。

いつも隣にあったサッカー


三重県伊賀市で生まれました。自然の豊かな場所で、友達と野原を駆け回ったりボール遊びをしたりと、活発に動き回っていましたね。

Jリーグが開幕してサッカーが盛り上がっていた頃で、近所のお兄ちゃんたちに教えてもらいながらサッカーを始めました。小学校3年生のとき、地元のサッカーチームに入団。三重県内の大会で優勝するほどの強いチームだったのですが、試合にはほとんど出られませんでした。背が小さく、背の順で並ぶといつも先頭だったんですよね。それでもサッカーが好きでした。

中学校に入るとき、長距離走が得意だったこともあり、陸上部への入部を検討しました。しかし、仲の良い友達がグランド脇の階段で、「中学でも一緒にサッカーしようや」と熱心に勧誘してくれたのが嬉しくて、中学でもサッカー部に入ることを選びました。
中学2年生のとき、立候補して学級委員になりました。皆が渋っている時間がもったいないと感じて手を挙げたんです。するとクラスの中で目立つ存在になってしまったのか、いじめを受けるようになりました。

辛かったですが、サッカーをしていると気晴らしになりましたね。いつも隣にあったサッカーは、心を支えてくれました。

自分にぴったりのシューズとの出会い


高校では、ものづくりが好きだったこともあり、興味のある分野の勉強をしようと、三重県鈴鹿市にある工業系の高等専門学校を受験することに。地元から離れた学校へ行きたいとも考えていました。結果は合格。入学が決まり、寮生活が始まりました。

ものづくりの知識や技術を深めていきたいと思い、機械工学のコースを専攻しましたが、1、2年も経たないうちに、ものづくりの領域で戦うのは無理かもしれないと感じるようになりましたね。学校には、ものづくりが心底好きな人たちが集まっていて。入学当初の思いは消え、サッカーに明け暮れる生活を送りました。

寮の隣にはグラウンドがあり、部活のない日でも、ほとんど毎日練習をしていました。中学までは補欠でしたが、背が伸びて、試合に出られるようになってきたんです。試合で活躍できることが楽しく、サッカーにどんどんのめり込んでいきました。

2年生のとき、履き古したサッカーシューズを新調しようと、名古屋市にある大きなスポーツ用品店へ行きました。店員さんにおすすめされて、ミズノの「モレリアウエーブ」というシューズを試し履きしたんです。すると、自分の細身の足にぴったりと合い、支えられる感じがして。

これまで履いていた靴は、靴の中に空間ができて足が動いてしまったり、締め付けられて痛くなったりしていたんです。ですが、モレリアウェーブを履くと足が安定して、実際にグラウンドで走ってみてもすごく快適で。はじめて自分の足にぴったりの靴に出会えましたね。卒業まで、サッカーを楽しく続けることができました。

卒業間近になると、大学進学か、就職かの選択を迫られました。何かを作りたいという思いはやっぱりあって、ならば何を作ろうか、と考えました。そのとき、モレリアウエーブがぱっと頭に浮かんだんです。自分が一番好きな、サッカーシューズを作りたいと思いました。

サッカーシューズを作るためには、まず、体の仕組みを学ぶ必要がある。そう考え2008年、神戸にある大学の発達科学部へ三年次編入。スポーツ用具とヒトの動きの関係についての研究実績がある先生のゼミへ入りました。

人生を支えるシューズを作りたい


進路を変更して編入したので、高等専門学校での単位は認定されず、大学では必死に勉強しましたね。一方で、大学でも体育会のサッカー部に入部。勉強とサッカー漬けの生活を送っていました。

3年次からの編入なので、あっという間に就職活動の時期になりました。サッカーシューズ作りに携われそうなスポーツ用品のメーカーを一通り受けましたが、全て落ちてしまって。大学院へ行くしかないと思い、大学院へ進学しました。

大学院1年生のとき、東京から富士山の山頂まで野宿をしながら徒歩で向かうというイベントに参加しました。大学院に入るまでずっと続いていたサッカー中心の生活に区切りがつき、何かやりたい、と考えていて。前年に開催された同じイベントの参加者から紹介されたんです。

道中、老若男女さまざまな人と話をしました。特に印象に残っているのが、コンサートスタッフとして働いている同い年の女性です。体のバランスを取る三半規管に障害が起こり、めまいや難聴・耳鳴りが繰り返されるメニエール病の持病がありました。

学生の自分は、勉強や部活をしているだけで、特別なことはしていないし、苦労をしているわけでもありません。一方、コンサートスタッフとしてすでに働いている彼女は、持病を抱えているにも関わらず、過酷なイベントに参加して、困難を乗り越えようと挑戦をしている。仕事では、有名アーティストの現場を仕切るなど、責任のある重要な役目を果たしていました。同い年でこんなに頑張っている人がいるんだと刺激になりました。

一方で、参加者の中にはホームレスみたいな人もいて。多種多様な生き方や価値観に触れる中で、これまでレール通りの人生を歩んできたけれど、もっと自分の好きなようにやってもいいんだ、と感じました。

また、人と話す中で自分のことを話す場面も多くあり、自分を振り返る機会にもなりました。自分自身と向き合う中で「サッカーシューズを作りたい」という思いが、より明確になりましたね。

幼い頃から、どんなときもサッカーは自分の隣にあって、「人と人との繋がり」を与えてくれた。自分の人生を支えてくれたのはサッカーであり、サッカーを楽しめたのはサッカーシューズのおかげだったと気づいたんです。

誰かが作ったサッカーシューズが、私の手元にやってきて私を支えてくれた。今度は私が、履く人の足にぴったり合うサッカーシューズを作り、誰かの人生を、足元から支えられる立場になりたいと思いました。

社内で新しいことが生まれるように


2012年、一番志望度の高かったスポーツ用品メーカーのミズノに入社。自分の大好きなサッカーシューズであるモレリアウエーブを作っている会社で、ものづくりをしてみたい、という気持ちがあったんです。「より良いスポーツ品とスポーツの振興を通じて社会に貢献する」という企業理念にも共感しましたね。企業が目指す姿を表す最も大切な一文に「社会に貢献する」と掲げている。とても素敵な会社だな、と感じました。

最初は研究開発部に配属され、野球の練習で使えるアプリケーションの開発を担当しました。サッカーシューズを作りたい、という気持ちをもって入社しましたが、すぐに希望が叶うわけではないと分かっていたので、修業期間だと思い取り組んでいました。

1年ほど経ったとき、あるベンチャー企業と協業して開発を行うことに。最終的には、金銭面での折り合いがつかず頓挫し、悔しい思いをしました。ですが、社外の専門家と繋がりを持ち、新しい挑戦をする面白さを感じましたね。

社内では、まだまだ社外との繋がりが薄く、新たなアイデアが生み出されにくい状況にありました。ミズノはネームバリューがあり、認知度もかなり高い。もっと社外と繋がりを持てば、いろんな新しいことに取り組めるのではないか。もったいないな、と課題感を感じるようになりました。

入社5年目、念願が叶ってサッカーシューズの開発をする部署に異動。サッカーシューズ開発に着手できるようになりました。

私自身、たった一足のサッカーシューズとの出会いから、競技生活を充実させることができました。たまたま自分の足にぴったりの靴と出会えましたが、出会いがなければサッカーを楽しめていなかったかもしれないし、辞めてしまっていたかもしれない。だから、自分の足に合う靴との出会いをサポートしたい。業務の中でそう考えるようになり、「食べログ」のような、靴の口コミが集まるプラットフォームを構想しました。

ただ、そういった新規事業は既存の部署内で作るのが難しくて。どうしようか考えていたところ、上司に声を掛けてもらい、社内で新規事業創出のためのアクセラレーションプログラムがあることを知りました。。考えていたプラットフォームを新規事業として提案したんです。

残念ながら、提案は不採択。しかし、それがきっかけで参加したプログラムの運営側の役割を任されることになったんです。新規事業の提案は経験したものの、社内でどうやったら新規事業が生まれるのか、具体的に何をしたら良いかはわかりません。モヤモヤを感じていました。

加えて、新しい研究開発拠点を設立するプロジェクトが始まり、私も拠点設立のプロジェクトメンバーとして参画することになったんです。新しいことに挑戦していこうという動きが活発になってきていました。

社内で新しい挑戦を促進させるためには、どうやって環境や仕組みを整え、推進していけばいいのか?体系的に新規事業について学びたい、新規事業が生み出されやすくなる場所を作りたいと考えていた頃、あるワークショップに参加しました。コロナ禍で医療従事者の方たちが感じている課題を洗い出し、打ち手を考えていく内容です。課題を深堀り、その解決を図るプロセスが面白かったですね。

そこで、大企業の若手中堅有志団体の実践コミュニテ ィ「ONE JAPAN」のメンバーの方に出会いました。お話しする中で、新規事業創出を応援するプログラム「CHANGE」を紹介していただいたんです。企業内新規事業と既存事業変革のどちらかのテーマを選び、メンターの方のアドバイスをもらいながら事業プランを立てていく3カ月間のプログラムです。自分が学びたいことが学べそうだと感じ、参加することを決めました。

新規事業の肝は顧客課題との出会い


2020年7月からCHANGEに参加。私は、社内で不採択となってしまった新規事業案を、再度練り直すことにしました。

全ての人にその人に最適な靴を届けるにはどうしたらよいか。アスリートにヒアリングして、靴に関する悩みを聞き出していきました。悩みは人それぞれ違っており、とても細かくて。靴の口コミが集まるプラットフォームで靴との出会いをサポートしても、課題の解決には繋がらないと痛感しました。

およそ50人にヒアリングを行う中、「左右の足の大きさが違うので、毎回二つのサイズの靴を買っている。どうにかならないか」という悩みを持つ方に出会いました。社内にあったデータベースを調べてみると、左右で別々の大きさの靴を履いた方がよいと考えられる人が、5人に1人もいることを知ったんです。

足の大きさや形は、誰一人として同じではない。にも関わらず、皆に同じ型の靴が提供されてしまっている現状がある。自分が感じていた違和感が、お客さんの課題とぴたっと合わさった感覚でした。ヒアリングを通して、盲点になっていた、本当の顧客課題を見つけることができたんです。

シューズの管理は両足セットで行う、というシューズ業界の常識を壊し、誰もが左右別サイズのシューズを選べる環境を提供したい。やりたいことが明確になりました。

それを元に、事業案を再度作っていきました。まず、左右別サイズの靴を無料で配送し、試着で気に入れば購入できるサービスを展開。左右別サイズが選べる体験を気に入ってもらったら、月額契約で、購入履歴や足型をもとにした最適なサイズのシューズを定期配送するという仕組みです。

課題を元に作った事業プランは、プログラム参加者全88チームの最終プレゼンのうち、上位5チームに選抜されました。後日、社内のシューズ部門の担当役員に話をする機会があり、高い評価をいただけたんです。実際に、社内で実証実験を行っていくことになりました。

課題設定がきちんとできていれば、多くの人の心に刺さり、共感してもらえる。新規事業を作るに当たっては、深い顧客課題に出会えるかどうかが成功の肝であり、醍醐味であると実感しました。

スポーツは、人と人とを繋ぐ


現在は、社内で新規事業創出のためのアクセラレーションプログラムの運営を行っています。CHANGEでの学びを周りに還元し、参加者が新規事業を立案する際のサポートをしています。

加えて、CHANGEで発表した新規事業のサービス化にも取り組んでいます。実証実験を重ねビジネスプランを磨き上げ、世に出していきたいですね。社外のプログラムで練り上げた事業プランを社内に持ち帰って事業化する、という動きは今までなかったので、モデルケースになりたいです。一社員の立場でも、頑張れば形になるということを伝えられれば、と思っています。

2020年5月には、有志を集め、社内有志団体「SUNABA」を立ち上げました。定期的に勉強会や座談会を開催するなどして、部署間を越えたコミュニケーションが生まれやすい場所を作っています。

名前の由来は、公園にある「砂場」。小さい子どもが集まる砂場では、お兄ちゃんやお姉ちゃんが寄り添い、教え合い助け合いながら、大きなお城や山を一緒に作っている場面をよく見かけます。そんな砂場のような場所になって、ミズノからどんどん新しいことが生まれるような場所になるように、と想いを込めました。

これからは、それらの活動を通して、新しいことにトライしていく人の数をどんどん増やしていきたいですね。私はプログラムを通して自分が解決したいと思う課題に出会えましたが、課題を見つけて新しいものを生み出すのはしんどい部分もあります。その手助けをしていきたいなと思っています。ミズノからどんどん新しいものが生まれるよう、場や仕組みを整えていきたいですね。

ミズノが新しいチャレンジをすることで、スポーツそのものがもつ価値を広めることにもなると思うんです。スポーツは、競技的な面はもちろん魅力的ですが、人と人をつなぐとか、様々な価値があると考えています。そういった価値を広く捉えて、広めていく事業を作っていきたいです。アスリートだけではなく、日常生活を送る全ての人が、今いる場所で最大のパフォーマンスを発揮し、幸せになれるよう、手助けとなる活動をしていきたいです。

2020.12.21

インタビュー・ライティング | 宮武 由佳
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