誰かがつくるから、まちはできていく。「こう生きたい」が実現できるまちづくりを。

公務員の職種の中でも数少ない「造園職」の区役所職員として、まちづくりを手掛けている目黒さん。住民の意見を募って進める中で、両立させることができない意見・正反対の意見にぶつかります。正解のない課題を前に、目黒さんが見出した答えとは。まちづくりに対する思いを伺いました。

目黒 万里子

めぐろ まりこ|区役所職員(造園職)
区役所で「造園職」としてまちづくりに携わる。何でも規制をする方向ではなくて、誰かが何かをやってみたいと思った時に、後押しできる環境づくりを目指している。

身体が弱かった幼少期


東京の品川区で生まれました。生まれた時から身体が弱く、生後半年の時には入院もしていました。加えてぜんそく持ちで、体調が悪くなることも多く、幼稚園や小学校を休むことが多かったです。

幼稚園や小学校に行けない日は、家に届く物件情報のチラシを見ては、家の間取りをレゴブロックで再現する遊びをよくしていました。たまったチラシを見ながら、どの家を作ろうかなと考えるのがすごく楽しかったです。ただ再現するだけではなくて、「庭も付けたいな」と自分なりのアレンジを加えたりもしました。頭の中で妄想したものが、目に見える形ででき上がっていくのが面白くて、ハマっていましたね。

運動も大好きでした。背が高かったことから、先生たちや友達に誘われて、小学校では、バスケ、サッカー、バレーボールの部活に入っていました。体調の良い時は、外で遊べるのが嬉しくて、日が暮れるまで遊び、生傷が絶えないほどでした。

6年生からは学習塾に通い始め、中学受験をしました。小学校がすごく荒れていたので、中学校は落ち着いた環境がいいなと思ったんです。中高一貫校に入学しました。

オペラハウスを見て感じた絶望


中学1年生の時、家族旅行でオーストラリアに行きました。シドニーで、世界的に有名な建築物のオペラハウスを見ました。何かの資料で写真を見て、「世界にはすごい建築物があるんだな」と思ってから、ずっと実物を見てみたいと思っていました。明確な将来の夢はなかったですが、建築物を作る仕事に対する漠然とした憧れがあったんです。

間近で見るオペラハウスの存在感はすさまじく、建築物そのものから強い主張を感じました。もちろん素晴らしかったのですが、同時にものすごく絶望したんです。自分は、こんなに主張のある建築物を作る勇気や、主張したい欲もない。主張できる個性もない。大きな事実に気付いてしまった気がして、それまで漠然と抱いていた建築物を作る仕事への夢が、一瞬で消えた感じがしました。すごく寂しくて悲しくなりました。

一方で、新たな発見がありました。それは、公園という場所の魅力です。シドニーには街中に公園がたくさんあり、子どもから大人まで多くの人たちがそこで自分の時間を過ごしていたんです。遊んでいる子どももいれば、本を読んだり、ヨガをしたり、寝たりしている大人もいる。それまで公園に対して持っていた「子どもが遊ぶ場所」というイメージとは全く違ったんです。

必ずしも遊ぶために行くわけではなくて、そこで何をして過ごしてもいい。「いることが許容されている」と感じました。なにより、オペラハウスとは違い、公園自体の主張は一切ない。主張がないのに、多くの人が集まる居心地の良い空間がありました。それに気づいたとき「公園って面白い!公園を作りたい」と思ったんです。

ただ、興味の幅が広かったので、帰国後、中学から高校にかけて興味の対象は移り変わっていきました。高校は内部進学をし、テニスに打ち込む日々を過ごしました。勉強は好きでしたが、成績はあまり良くなかったです。テストの点数が良いのは国語や英語などの文系科目でしたが、中高時代を通じて変わらず興味があったのは生物でした。「木って動けないのに生きることに貪欲だなあ」とか、生き物のことを考えるのが好きだったんです。

先生たちからは点数の取れる文系の大学に進学した方がよいと言われていましたが、興味のある分野に進もうと決めて、農学部に進学しました。大学では、植物の生態学から、公園やダム、河川の設計など、興味のあることは幅広く学びました。

公園に携わる仕事がしたい


大学4年生の時、研究で2カ月間、イギリスに留学しました。公園管理やまちづくり分野のソーシャルビジネスに携わる人たちにインタビューをして、卒業論文を書くためです。公共機関でまちづくりを担当している人にも話を聞く機会があり、イギリスの公務員って面白いなと思いました。就職後、どんな業務にあたるかわからない日本の公務員とは違い、多くが専門職として採用され、働いていました。それぞれが大学やキャリアの中で研究・構築してきたことを、公務員として実践していたんです。「こういう働き方ができたらおもしろそうだな」と思うようになりました。

公務員になりたい、というわけではなかったのですが、公園に関する仕事、しかも公園の設計や管理、活用の全てに関わることができて、まちづくり全体にも携われる仕事ができたらいいなと考え、それには公務員の「造園職」が一番近道だと思ったので、公務員試験を受けてみることにしました。

造園職は、「建築職」や「土木職」と並ぶ専門職のひとつです。全国的に見ても、造園職を採用している自治体は数えるほどしかありません。少なからず公園や生物、環境のことに興味がある、好きという思いを持って集まる人と仕事ができることに魅力を感じました。

造園職の試験は、「燃えにくい木はどれでしょう?」とか「この病気が出た時に行う対処はどれでしょう?」とか、一般的に想像される公務員試験とは違ってかなりマニアックな質問ばかりなんです(笑)。結果は、まさかの合格で、造園職の公務員になりました。

対立する意見をどうまとめるか


就職後は、東京23区内にある区役所に配属されました。最初の部署では公園の設計から工事監督まで、公園の建設に関する全てに携わりました。ここに木を植えようとか、広場を作ろうとか、ボール遊びができるスペースを作ろうと考える仕事です。大小様々な公園の建設に携わりました。

働いてみて、公園づくりに対するイメージが変わりました。それまでは、役所内部だけで進めていると思っていたのですが、実際は、住民の意見を聞き、反映させながら進めていたんです。

例えば、公園を作る時、周辺住民向けにワークショップを開くことが多く、「どういう公園にしたいか?」「遊具は何がほしいか?」「樹木を植えてほしいか?」など意見を聞きます。全ての意見を反映することができない場合もありますが、方針の多くが、住民の意見によって決まります。実際に「ボール広場がほしい」「富士山が見える高台がほしい」という意見を実現したこともありました。

一方で、住民に意見を聞くからこその難しさも感じました。多くの人に意見を聞くと、その中には必ず対立する意見、両立できない意見があります。ある公園を作る時、「ゆっくり過ごせるようにたくさんベンチを作ってほしい」という人がいる一方で、「公園が家の目の前なので、ベンチがあったら人がたまってうるさいから絶対に反対」という人がいました。その他にも様々な意見があり、方向性が一向にまとまりませんでした。

そこで、まだ公園ができる前の土地に、ダンボール箱をたくさん運び込み、多くの人に来てもらうオープンデーを設けました。敷地内で自分たちの好きなところにダンボール箱を置いてもらい、ベンチに見立てて過ごしてもらう。敷地の地図を用意して、帰りにはベンチが欲しいと思った場所にシールを貼ってもらうようにしました。

すると、「ベンチはたくさんある方がいい」と言っていた方が「たくさんあるよりも、ここにあることが大事」といった意見に変わったり、「家に近いから絶対に反対」と言っていた方は、「このくらい離れていると気にならないもんですね」とベンチの設置を許容してくれたりしました。

それまで室内のワークショップではどうしても歩み寄れなかった人たちが、ダンボール箱に座りながら、「ここから見る紅葉はきれいなんですよ」など何気ない会話を交わすことで相手のことを知り、自分以外の視点を持つことができるようになったのだと思います。

想像するだけではなく、とにかく実際にやってもらうこと、体験してもらうことの重要性を学びました。

3年ほど公園の建設に携わった後は、教育委員会に異動になりました。校庭芝生や屋上緑化、壁面緑化などの設計や維持管理を担当しました。さらにその後は、建築物の緑化基準の確認やまちづくり、公園の管理事務所など、「公園」や「まちづくり」に関する様々な部署を経験しました。

「こう生きたい」が実現できる環境づくりを


現在は、「みどりを守る・増やす」という区の方針を推進する仕事をしています。

例えば、樹木の多い土地を持っている人に対して「樹木を残すために何か支援できることはありませんか?」と提案します。自分たちにどういった支援ができるのか、ヒアリングを元に複数の提案メニューを作ることも仕事です。商店街でイベントがある時には、商店街として取り組めそうなメニューをいくつか持っていき、提案することもあります。すでにあるみどりを守る保全チームと、新たにみどりを増やす創出チームがあり、今は両チームを兼任しています。

特に都市部で暮らす多くの人にとって、まちはまだまだ勝手に作られていくものだと思います。でも、まち並みは、ある日突然現れるわけじゃないんです。道路を作ろうと思った人がいるから道路ができる。誰かが思いを持ってかたちにするから、まちができあがっていく。今の仕事で言えば、みどりやみどりに携わる人を増やすことで、まちの風景が変わっていく。決してハードだけではない、まちづくりの一部に携わっているというのは、すごくおもしろいですね。

仕事の中で大事にしているのは、みんながやりたいと思うことをサポートすることです。でもそれは簡単なことではありません。意見の中には、必ず正反対の意見や、両立できない意見があるからです。話しても話しても分かり合えないことも、話すらできずにどんどん時が流れてしまうことも多くあります。それでも、なるべく両立できる方法を探して、より多くの人の「こう生きたい」をサポートしたいと考えています。

あと、なるべく規制する方向にはしないことも意識しています。「ボール遊びは迷惑だから禁止しろ」という意見に対して「ボール遊びは禁止です」と看板を立てるのはとても簡単です。でも、そうすると、どんどん規制が増えていきます。誰かの嫌がることを排除していくのではなくて、「お互いにやりたいことができるようにしましょう」と、できることを増やしていくことで、なるべく規制をしないでお互いの要求を解決できる道を探していきます。

人々のニーズは多様化してきています。公園にしても、昔は三種の神器と言われる「ジャングルジム、滑り台、ブランコ」を設置すれば多くの人が喜んでくれたのかもしれません。しかし、今はみんなが良いと思うものは、一つではなくなってきています。最大公約数を取れば多くの人の希望が実現できた時代とは違い、最大公約数をとっても多くの人の希望を叶えることが難しいのです。

また、今の最大幸福を取ったとしても、それが正解かはわからない。「まち」は今後、何百年と続いていくものなので、その中で、環境や状況は変わっていくからです。

では今後、公務員は意見をどう集約して、意思決定をして、実際に動いていくべきか。まだまだ自分の中でもはっきりとした答えはわかっていませんが、誰かが何かをやりたいと思った時に、その人を邪魔しない環境、「どうぞ」と言える環境、「じゃあやってみよう!」と背中を押せる環境を、作っていきたいと思っています。

2019.11.04

インタビュー・ライティング | 湯浅 裕子
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