意思を持って働く人が増える未来へ。デザインを通し、人の意識や行動に変化を。

社会人同士がゆるく繋がることを目的とした「100人カイギ」の発起人である高嶋さん。学んできたデザインの力を使って人と人とが繋がるコミュニティを作った背景には、自身が感じた、ある社会課題がありました。高嶋さんの思うデザインの力とは?

高嶋 大介

たかしま だいすけ|一般社団法人INTO THE FABRIC代表理事 100人カイギ Founder/見届け人
東京都大田区生まれ。富士通株式会社で勤務しながら、複業で一般社団法人INTO THE FABRICの理事を務める。ゆるい繋がりがこれからの社会を変えると信じ、100人カイギをはじめとするイベント運営やコミュニティ作り、ワークショップなどを通した学びの場を提供している。

2021年6月18日、22日、28日に開催する連続イベント「「40代からのキャリア」自分らしく描く」にモデレーターとして出演! >>詳細はこちら

幼い頃から好きだった、ものづくり


東京都大田区で生まれました。両親はそれぞれ自営業を営んでおり、親戚の多くも自営業。身近にサラリーマンというモデルがいないまま育ちました。

とにかく、ものを作ることが大好きな子どもでした。幼稚園生のときは粘土、小学生のときは工作用紙とテープさえあれば、一人で永遠に遊んでいられました。黙々と一人遊びを楽しむタイプで、集団生活にはあまり馴染めず、 行かされていた学童保育も嫌になってやめてしまいましたね(笑)。

中学、高校時代は、流行っていたカードゲームにのめり込みました。対話をしながら物語を作って進めるタイプのゲームで、自分たちで世界観を作りながら物語を創造することが、とても楽しかったです。

ものづくりに興味があったので、高校卒業後は北海道にある大学に進学し、建築を学びました。勉強がすごく面白かったので、小さな設計事務所でアルバイトすることにしました。その事務所は、独り立ちを目標に修行している若手が在籍しており、師匠の言うことが絶対の縦社会。安月給で夜中まで働きづめの非常に過酷な労働環境でした。

働いてみて、建築業界の現実に直面した感じがしましたね。建築をやるなら、生半端な気持ちではダメで、本当に好きじゃないと通用しないことを思い知らされたのです。身を粉にして働く事務所の先輩たちの姿を見ながら、自分の人生を全て捧げても、設計事務所で建築をやりたいだろうか? と自分に問いました。

就職氷河期だったので、働いていた設計事務所の方には「卒業後はうちにくるんだろう?」と声をかけてもらいました。しかし、そのしんどい道を選ぶ気になれず、大手総合建設会社、いわゆるゼネコンに就職することに決めました。身近にサラリーマンがいない環境で育ったので、組織というものを見てみたい気持ちもありましたね。

就職したら東京に戻るつもりだったのですが、初期配属はなんと札幌支店。5年目の北海道生活が始まりました。

働きづめの9年を経て、転職を決意


蓋を開けてみれば、ゼネコンでの仕事もかなりハードでした。朝8時から始まる建設現場に合わせ、7時には出社。車通勤なので終電の時間も関係なく、仕事が終わるのはいつも真夜中でした。基本の休みは日曜のみで、月の残業は200時間にのぼりました。

寝ていても仕事のことが夢に出てくるし、作業中には「ビルの間に落ちたら楽になるかな」「明日風邪を引いたら休めるかな」という考えが頭をよぎるほど、体力的にも精神的にもギリギリでした。それでも、転職をするという発想はなく、一つの会社で勤め上げることを当たり前に思っていました。

しかし、入社から9年が経ったある日、休憩時間にふと、10年後のことを想像したんです。そこに見えたのは、建物を一つ建てては、また場所を変えて新たな建物を作る、今の延長線上にただ繰り返しの毎日を生きる自分の姿でした。そんな人生嫌だな…という思いがこみ上げ、なんだか急に自分の仕事がひどくつまらなく思えてきたんです。

そこで、思い切って転職することを決意しました。そろそろ東京に戻りたいと思っていたし、建築士の資格も取り、ある程度の基盤を固めたので、新たなステージに行くにはちょうどいい時期だと思ったのです。10年弱勤めたゼネコンを30歳で退職し、東京にある富士通のグループ会社に移りました。

BOPビジネスを通して向き合った社会課題


転職先は、コピー機の部品やトナーなどオフィス用品の販売をする会社で、オフィスデザインも手掛けていました。私は建築の知識を活かし、オフィスのレイアウト変更や内装工事の仕事をしました。ゼネコン時代は箱、つまり建物を作っていたのに対し、転職先では、すでに完成している箱の中の空間コンセプトを作り、オフィスで働く人たちの導線をデザインしました。

その後、所属していた部署ごと、別のグループ会社に異動になりました。デザインする領域はさらに広がり、たとえば社員が子育てや介護をしながらでも働ける環境を作るなど、各企業が目指すワークスタイルの実現に向け、働き方をデザインしました。

仕事に慣れ、マンネリ気味だった38歳のとき、社長直下のインドにおけるBOPビジネスプロジェクトの社内公募に応募しました。BOPビジネスとは、ベース・オブ・ピラミット(BOP)と呼ばれる低所得者層に向け、有益な製品やサービス提供を通し、社会課題の解決に貢献しつつ、利益を確保するビジネスです。このとき、会社として社会課題からヒントを得てビジネスを作っていこうという動きがあり、まずはそのプロセスを開発するため立ち上がったプロジェクトでした。

正直、プロジェクトに応募したときは、何か新しいことができればいいな、くらいの気持ちでした。実際にインドへ行き、現実を目の当たりにして初めて、社会課題というものに向き合いました。たとえば、インドでは汚染された水を飲み、下痢になって亡くなってしまう人がいます。でも、「その水は汚いよ」と私たちが教えたところで、彼らが喉を潤すためには、その汚染された水を飲むしかないんですよね。

だからといって、その水しかないから彼らは不幸かというと、そんなことはありません。人々はニコニコと、幸せそうな顔をしています。そんな姿を見ていると、社会課題を解決しようなんて、先進国のエゴなのではないか? という葛藤が生まれました。

悩んだ末にたどり着いたのは、「解決したいなんてエゴかもしれないけれど、それでもインドに社会課題があるのは事実。だから、会社が持つ資産やノウハウを使い、その課題解決に貢献したい」という想いでした。その想いに突き動かされ、インドで何ができるのか、模索しました。

そんなとき、プロジェクトの途中で社長が交代することになりました。それに伴い、プロジェクトのゴールは社会課題を解決するビジネスのプロセス開発ではなく、収益化になってしまったのです。

1年後、BOPビジネスを形にできたものの、収益面で課題があり、社内での事業化に苦戦しました。30以上の部署にプレゼンをしたのですが、どの部署からも断られてしまいます。なんとか事業化できるよう、1年以上粘り続けました。しかし、ついに時間切れとなり、事業化を諦めざるを得なくなってしまったんです。悔しい思いが溢れ、打ちひしがれました。

「社会課題の解決をやりたいなら、国内に目を向けてみたら?」。落ち込む私に、ある役員が言葉をかけてくれました。会社は自治体とのネットワークもあったので、そこをうまく生かし、地方が抱える課題に取り組むのも一つの道だと教えてくれたのです。

自分の解決したい社会課題が見つかる


インドのプロジェクト終了後は、デザインの力を使って、企業のビジョン作りをサポートする仕事をしました。ものすごいスピードで世の中が変わり、数年後の未来すら予想できないとき、企業は将来を見据えたビジョンや事業計画作りに苦戦します。そこで、デザイン思考を使って、一緒にワークショップをしながら、本人たちも見えていないような課題を引き出して可視化し、答えを導いていくのです。

「デザインの本質とは課題解決である」。仕事を通してそう感じました。たとえば、カチカチに凍ったアイスが食べにくいから専用のスプーンを作るとか、小さな子どもが大人用の箸では握りにくいから子ども用のお箸を作る、というように、デザインの底にあるのはいつも、困りごとを解決したいという想いなんです。

のちに、会社はHAB-YUという、人、地域、企業をつなぐワークスペースをオープンしました。そこでワークショップを行うことが多くなり、スペースにやってくる業界も地域も様々な面白い人々に出会うようになったんです。刺激を受け、いつか役員に助言をもらったように、地方での仕事を積極的に作っていくようになりました。

社外の人との接点が増え、外の世界の広さを知ると、今までの自分は会社という箱の中にいたことに気づきました。会社という箱の中で、上から降りてくる業務にベストを尽くすことが仕事だと思っていたんです。気がつけば、外界の事情を知らないまま、ただ与えられた仕事をこなすだけで、思考停止状態に陥っていたんですね。

その事実に気づいたとき、かつての自分と同じように、箱の中での仕事に満足し、思考停止状態になっている会社員が多く存在するのでは、と思い至りました。そしてそれこそが、自分が向き合うべき社会課題だと確信したんです。意思のない仕事をする人ばかりでは、日本の生産性は上がりません。言われたことをやればいいだけの仕事なら、いずれAIに取って代わられてしまいます。それになにより、箱の外に出て、いろいろな人たちの考えや価値観を取り入れながら働くのは、とても楽しいんですよね。

「会社員の意識を変え、意思を持って働く人を増やしたい」という使命が生まれました。その使命を達成するためには、自分自身がHAB-YUで経験したように、会社間を越えた人との繋がりが鍵になると考えました。

ゆるく繋がれる場、100人カイギを発案


会社を越えた人との繋がりを作りたいと思っても、仕事上で関わる他社の人とは、どこか緊張感がつきまといます。そこで、様々な人が会社の看板を降ろし、利害関係なくゆるく繋がる場を作れるコミュニティを育てたいと考え、「100人カイギ」と名付けたシリーズのイベントを企画しました。

100人カイギでは、毎回、5名の社会人を登壇者として迎え、やっている仕事や抱えている想いを話してもらいます。全20回開催し、登壇者が100名に達したら解散する、というコンセプトにしました。100人にしたのは、100って語呂がいいし、なんだか達成感のある数字だからです。永遠に続くイベントだとコミュニティの熱量が薄れていくし、運営する私たちも飽きてしまうので、あえて終わりがある設計にしました。

イベント経験が豊富な友人と2人で始めましたが、途中で友人が抜けることになり、運営方法に困ってしまいました。運営側やファシリテーターの力量に関係なく、場が温まるようなコミュニケーションのデザインとは何だろうと考え、試行錯誤しました。

たとえば、イベント冒頭には、参加者が近くに座っている人と自己紹介し合うアイスブレイクを入れてみました。すると参加者同士の空気が良くなり、登壇者の話に共感度が高まったのです。それから、みんなで共有すべき質問は少ないことに気づき、Q&Aの時間を割愛しました。その代わり、登壇者と参加者が小さなグループを作って話すネットワーキングの時間を設けてみると、個人的な質問もしやすくなり、場が盛り上がりました。この時間が長すぎるとだらけてしまうので、適切な時間は30分だと見出しました。

そんな風にコミュニケーションを設計し、誰でも運営をできるようにしたことで、もともと港区で立ち上げた100人カイギは、渋谷、さがみはら、横浜など、有志メンバーにより各地域へ広がっていきました。

カイギの拡大に伴い、43歳のとき、一般社団法人INTO THE FABRICを設立しました。この社名は、ファブリック、つまり織物が縦糸と横糸で構成されているように、人が集まって互いに支え合うことをイメージして付けました。100人カイギをこの法人下に入れ、社会人の意識を変えることを目的に、さらに活動領域を広げていきました。

これからも、デザインの力で課題解決を


現在は富士通株式会社で、デザイン思考をベースに、組織戦略の立案や人材育成を行なっています。そして複業のINTO THE FABRICでは、働くことを考えるイベントや、リーダーシップを磨くワークショップを通し、会社員のマインドセットを変えるきっかけを提供しています。

100人カイギは、2019年中に37地域に広がる予定です。私は見届け人として、カイギを見守りつつ、「100人カイギsummit」を主催しています。各エリアの100人カイギからもう一度話を聞きたい登壇者を集め、運営者、登壇者、参加者が地域を越えて交わる1年に1度のお祭り的なイベントなんです。

今後の100人カイギをどんな風に展開するか、まだはっきりと決めていませんが、海外にも広がったら嬉しいと思いますし、自分が代表を降りても回るような仕組みを設計したいと思っています。

これからも「会社員の意識を変え、意思を持って働く人を増やしたい」という想いのもと活動していきます。内向きな会社員だった自分でさえ変われたのだから、きっかけがあれば誰だって変われる。そしてそのきっかけは、人との繋がりの中にある。そう信じていることが、今の活動の根っこにあるんです。

他人には人を変えることはできず、変わるかどうか決めるのは本人です。けれども、意識や行動に変化を起こすきっかけや場をデザインすることはできる。それが私にできる課題解決の形だと思っています。

これまで、建築から組織まで、様々なものをデザインしてきました。これからの社会は激しく変化し、どんな未来がやってくるかはわかりません。しかし、どんな時代でも、デザインの力を信じて、私なりに課題解決に取り組んでいきたいです。

2019.10.22

インタビュー・編集 | 粟村 千愛ライティング | 原 もえ
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