何もなかった自分が見つけたパンという武器。もっと美味しいパン作りに挑戦できる環境を。
全国から選んだ美味しいパンを販売するセレクトショップの運営などを手掛けるオートリーズの代表、榎さん。なぜ数ある商品の中から「パン」を選んだのか。お話を伺いました。
榎 友寿
えのき ともひさ|オートリーズ代表
パン業界が抱える課題を解決するため株式会社『オートリーズ』を設立。パンのセレクトショップ「パントタビスル」を運営。公益財団法人 日本生涯学習協議会監修 JPCA認定パンコーディネーター、パンシェルジュ1級など複数の資格を持つ。
人と関わるのが好き
兵庫県三木市で育ちました。小さい頃から、書道・スイミング・英会話・陸上・フィギュアスケートといろいろな習い事をしていました。それぞれのコミュニティで、それぞれの友達と交流できるのが楽しかったです。いろいろな人と関わるのが好きでしたね。
小2からクラブチームに入って野球をはじめました。中学生、高校生のときも野球部に入り、小さな田舎の学校で朝から晩まで野球漬けの毎日でした。部活に打ち込んだのは、この仲間たちと一緒に甲子園に出たい、という目標があったからです。子どもの頃からずっと一緒に遊んでいる地元の友達が多く、強い絆で結ばれていました。
「このメンバーで一試合でも多く野球がしたい」と思って必死に練習していましたが、結局負けてしまって、甲子園には出られませんでした。それでも、野球部は数十年ぶりに兵庫県でベスト16に入り、地元ではちょっとしたニュースになりました。
高校卒業後は教員になろうと考え、京都の大学に進学しました。やんちゃな僕の面倒をいつもみてくれ、信頼を寄せていた学校の先生みたいになりたいと思ったのがきっかけでした。
変わる食材の旬に興味を持つ
大学に入ると、生活費を稼ぐため居酒屋チェーンでアルバイトするようになりました。オープニングスタッフなので、上下関係がなくスタートラインが一緒でいいなと思ったのが、バイトを選んだ理由でした。
月の売上目標を管理して、最終的に20人ほどのスタッフがいる店舗のマネジメントまで任されました。一人一人がアイディアを出し合って協力した結果、売上目標を達成。皆で喜びを分かち合った経験から、改めて、チームで頑張ることや、人と関わることは楽しいなと実感しました。
お店を任されるうちに、仕入れる食材が旬や天候によって変わるなと気がつきました。それは、食材の味や栄養価などが時期によって変わるからでした。それまで、食に対する興味がなく、料理も全くしなかったのですが、知れば知るほど、時期によって変わる旬の食材や美味しい食べ方に興味を持つようになりました。
自分の知ってる知識を周りの友人たちにも教えてあげたいと思うようになりましたね。卒業後は飲食業界で働きたいという気持ちが強くなりました。
スペシャリストになりたい
食やサービスのあり方について一度きちんと勉強したいと思い、大学卒業後、22歳で淡路島のホテルに就職しました。そこでは受付予約からホテルのフロントの仕事、レストランでの料理のサーブ、客室の案内などお客様へのサービスについて一通り経験しましたね。
もっと質の高いサービスを身に着けたいと、24歳で別のホテルに移動しました。100年続く歴史あるホテルで、働く人は皆さん超一流の方ばかりでした。料理は一流料理人が担当し、ワインはシニアソムリエ、チーズはCPAというチーズのプロフェッショナルがサーブしていました。
特に資格のいらない、料理を出したり下げたりする仕事すらさせてもらえませんでした。一流レストランの場合はテーブル毎にサービスを行うスタッフが決まっていました。担当するスタッフにもタイミングを見極める力がいるからです。知識や技術、経験が求められる職場の中で、僕にはできることが何もありませんでした。
職場で居場所がないので、苦しい日々が続きました。何もできない中で「自分も何かのスペシャリストにならないとこの世界で生き残れない」と強く感じました。
そこで最初はワインの資格をとってみましたが、すでに自分より圧倒的に知識豊富なスペシャリストがいる状態だったため、極めるのは難しいと感じました。
それから一年ほどは、自分に何ができるだろうと暗中模索の日々でした。勉強のため、様々なレストランを巡ってサービスの内容を観察していました。
ある日、料理の付け合わせのパンについて、詳しく説明してくれるところってないな、と気づきました。どのレストランでも「自家製のパンです」程度の簡単な説明しかなかったんです。「これだ」と思いました。パンについてきちんと調べて、製法やこだわっているポイントまで説明できれば、職場で必要とされる存在になれるかもしれない、と心が踊りました。
パン屋さん同士の潤滑油になりたい
パンのスペシャリストになろう、と決め、一流レストラン巡りからパン屋巡りに切り替え、京都中のパン屋さんを訪問しました。パンの材料や製法を教えてもらったり、実際に食べてどんな種類のパンがどんな料理に合うのか勉強したりしました。
自分の足を使って得た、生きた知識がありますとアピールして、お客様に説明をする機会を与えてもらいました。はじめはなかなか目に見える成果も出ませんでしたが、次第にお客様から予約の電話で、「前食べたパンが美味しかった。説明してくれたあの子いる?」と言っていただく機会が増えました。やがて料理長から「お前に任せる」と、パンだけでなくそのテーブルのお客様のサービスを担当させてもらえるようになりました。1年間の、必死の努力が実り、涙が出るほどうれしかったです。
パン屋巡りを通じて、職人さんやパンの流通に関わる人達と交流が増えました。その流れで、百貨店で販売するパンフェアの仕事を一緒にやらないかと声をかけてもらえるようになりました。
そこで、パン屋さんの仕事を手伝ううちに、パン職人自体が少なくなっていたり、美味しいパンができても、それを上手く宣伝する手段がなかったり、といった業界の課題が見えるようになってきました。パン屋さんが抱えるいろいろな問題を解決するため、27歳でオートリーズを立ち上げました。
名前の由来はオートリーズ製法からとっています。オートリーズ製法は、美味しいパンを作るために一手間加える製法で、言ってしまえば少しめんどくさいやり方でもあります。自分たちのようなパン屋さんとお客様の間に入る、少しめんどくさい存在を入れることで、より売り上げが上がったり、仕事がスムーズに回るようにできればいいなという意味が込められています。いなくても良いんだけど、いたらもっとよくなるよね、と言われるような存在になりたいです。
小麦の選択肢を増やすために
今はパン職人が自由に使える小麦の種類を増やすために、パンのプロデュース事業、朝食事業、お茶事業の三つの事業をメインに活動しています。
パンのプロデュース事業として具体的に行なっているのは、パンのセレクトショップの運営です。小さなパン屋さんは、スタッフが少ないため百貨店の催事に参加できず良い商品でもなかなか広まり辛い傾向にあります。そこで私達が、配送から販売まで担当し商品の宣伝をサポートしています。現在加盟店が30店舗ほどあり、「みんなの二号店」というコンセプトのもと、運営しています。
朝食事業は、ホテルの朝食のパンを私自身がお客さんに提供するサービスです。お客様に美味しいパンをもっと知ってほしいと思ってはじめました。お客様の希望の時間に、パンと、美味しくパンを食べられる付け合わせをセットで配達します。トースターを一緒に持って行き、美味しい焼き方のレクチャーもしています。
お茶事業は、小麦のお茶を通じて本来の小麦の香りや味を知ってほしいと思い、始めました。小麦を品種ごとに焙煎、煮出するとコーヒーのように味の違いがあるんです。消費者に違いを感じてもらえば、選ぶパンにもこだわりが生まれると考えました。
また、小麦本来の味や風味を知ってもらえれば、もっと小麦の自給率をあげれるとも思っています。日本の小麦自給率は3%ほどで、国産のパンを作りたくても作れない現状があります。決して日本の小麦がどんなパンを作るにも最高だと思っているわけではありません。ただ、小麦の自給率が低いままだと「国産」と名前がつくだけでパンが売れる状況が続くことになり、それでは、本当に美味しいパンが正しく評価される世の中はできません。小麦の自給率をあげることで初めて、どの小麦を使うのか職人がフラットに選べるようになると考えています。
パン職人が美味しいパンを作るために、選びたいものを自由に選べる時代を作るのが、この事業の最終的な目標です。職人たちが、自分たちで選んだ小麦で、こだわりを持って作られた美味しいパンが正しく評価され、世の中に流通し、その結果、多くの人にパンを楽しんでもらえるようになればうれしいですね。
2019.06.03