宮城県仙台市で生まれました。小さい頃から音楽が好きで、音楽の成績だけはすごく良かったです。特に歌が得意で、学芸会の主役で脚光を浴びたことから、小学校4年生のときに演劇部に入りました。

ところが、入部すると周りの男子から「お前、女かよ。男は運動部だろ」と言われ、いじめられるようになりました。女子しかいない部だったので、周りから不自然に思われたのかもしれません。

ことあるごとに悪口を言われ、仲間はずれにされるのが辛くて、毎晩泣いていました。でも、やめはしませんでした。母から常々「他人がどう思うかではなく、自分がどう思うかが大事」と言われてきたので、自分のやりたい気持ちに素直に従おうと思ったのです。母の教えに助けられ、小学校卒業まで演劇部をやり遂げました。

中学生になると、今度はバスケットボールに夢中になりました。東京で2位、関東大会でもベスト8になったので、高校はバスケットボールの強豪校に行きたいと思うようになりました。偏差値が70近くあり、全く学力が足りなかったので先生からは「難しい」と言われました。それでも、自分の思いを大切にし、部活を引退してから受験までの半年間、猛烈に勉強しました。その結果、偏差値を30近く上げ、なんとか志望校への合格を果たしました。

文武両道の高校だったので部活と勉強に励んでいたのですが、海外志向が強かった姉の影響で洋楽をよく聞くようになり、再び音楽の魅力に惹かれるようになりました。高校生でありながらDJを始め、毎日8時間以上、DJミキサーのメッキが汗でぼろぼろに剥がれるまで練習しました。

音楽に没頭する中、やりたいことが見つかった感覚があり、受験勉強をする意味がわからなくなりました。そこで、外部の大学へ進学する人が多い中で内部進学を選びました。友達からは「お前、妥協しすぎ」と言われましたが、クラスメートの勉強の目的を知らなかったので、逆に「何故みんな受験勉強をしているのだろう?」と、とても不思議に感じました。