山形県鶴岡市に生まれました。両親は公務員で、幼い頃から雇用が保障され定時に帰れるからと、公務員になることを勧められて育ちました。でも僕は、根本的に考え方が違ったんです。安定を求めるよりも、好きなことを思い切りやって生きていきたいと思っていました。家族とはそういう点では話が合いませんでしたね。

小学生のころから、「人と違うことをやるのがかっこいい」と思っていました。夏休みの自由研究で有線電話を作ったり、中学生になると電子工作にはまってパソコンを作ったりしました。完全に独学でしたが、コンピュータの技術に対する理解が早く、ネットで調べたり本を読んだりして新しい知識をどんどん取り入れていました。

一方で、友達と一緒に遊ぶのはあまり得意でなかったです。大勢で集まったとき、何か始めるでもなくただ話すような、明確な目的のない、無意味ともとれる時間が苦手でした。何をやるにしても、目標を立てて行動しないと気が済みませんでした。

中学3年のとき、地元にある慶應義塾大学先端生命科学研究所を見学に行きました。バイオの分野に特に興味はありませんでしたが、なんとなく研究は人と違うことをするのを評価してくれる世界だと感じていたので、覗いてみたいと思ったんです。

講演があり、その中で研究所の所長が「人と違うことをしなさい」と話していました。それまでは、友達も周りの大人もみんな「人と同じことをやって、その土俵で勝てばいい」という考え方でした。一理あるとは思いながらも、自分の考えとは合わずモヤモヤしていたんです。そんな中で、所長は初めて「人と違うことをやること」を勧めてくれた人でした。この人についていけば自分の好きなことができると思い、高校生に研究をさせてくれる研究所の特別研究生に応募し、採用されました。