取材するたび大きくなる福井への思い。
任期が終わっても福井を発信し続けたい。

福井県の魅力をSNSで発信する「おいでよ!ふくい」の企画・撮影・編集を一人で手掛ける岩田さん。その取り組みが評価され、「地方公務員が本当にすごい!と思う地方公務員アワード2018」を受賞しました。記事と動画合わせて年間200本あまりを発信し続ける原動力は何なのか。お話を伺いました。

岩田 早希代

いわた さきよ|福井県 総務部広報課
大学卒業後、地元放送局でニュース制作に携わったのち、青年海外協力隊に参加。アフリカのマラウイ共和国で映像制作を行う。帰国後は福井県の魅力をPRするプロジェクトに採用され、動画や写真など、年間200本のコンテンツを発信中。

映像や音が学びを助けてくれた


福井県坂井市に生まれました。サラリーマンの父と、パートで働く母、兄の4人家族です。これといった飛び抜けた才能のない、人並みの子どもでした。

勉強にはすごく苦労しました。成績が悪いわけではなかったですが、活字と数字がすごく苦手で、本の音読や宿題にとても時間がかかっていました。テストは問題が読み切れずに、最後まで解けないことも。なんで私はこんなに遅いんだろうと思っていました。

でも、映像や音だとスムーズに情報を得ることができるので、学び方を工夫していましたね。たとえば歴史の授業は教科書の内容が頭に入らないので、図書館で偉人の伝記マンガを借りて読んでいました。

自分らしい道を選び、価値観が広がる


中学を卒業し、ほとんどの生徒が進学する高校に進みました。特別進学コースで補習が多く、校則も厳しくてすごく息苦しかったです。このまま中学校と変わらない、狭いコミュニティの中で完結する毎日を過ごすのかと思うと、耐えられなくなりました。そこで、入学後3カ月で単位制の高校に転校しました。

親は「何でも望みをかなえるから、今の高校を無難に卒業してくれ」と反対しましたが、気持ちは変わりませんでした。補習や校則に縛られた生活をするのではなく、自分の興味のある授業をたくさん取って、たくさん学んで、伸び伸びと生活したかったんです。皆と一緒に足並みをそろえるのではなく、私らしく生きたいと思いました。

高校2年の夏には、アメリカにホームステイしました。仲良しのいとこがアメリカに1カ月ホームステイしたと聞き、先を越されたみたいで悔しくて。ライバルのような存在でもあったので、負けたくなかったんですよね。いざ行ってみると、言葉が全然通じなくて、意思表示が一切できませんでした。語彙力とコミュニケーション能力の低さを痛感し、打ちひしがれて帰ってきました。

悔しくて、そこからは猛勉強です。アルバイトでお金を貯め、短期留学を繰り返しました。バイトがない日は県の国際交流センターに通い詰めて、海外の情報を集め、外国人に話しかけてコミュニケーション力を磨きました。その中で青年海外協力隊を知って、大人になったら行きたいと漠然と夢を抱くようになりました。自分の価値観が広がり、自分が成長していくのが分かる時期でした。

地元とメディアに興味が深まる


高校時代にやりたいことを見つけ熱中できたお陰で、自分の価値観やパーソナリティが確立されました。進路を考えたとき、県外に出たいという希望は全くなく、見ていたのは世界でした。卒業後は留学しようか悩んでいたところ、地元に学生の個性を受け入れてくれる、新しい大学ができたことを知りました。

地元でのびのび学びたいことを学べる環境があるなら、それがベストな選択肢だと考え、設立したばかりの地元の大学を選択。得意なことを披露するプレゼンテーション入試で、英語のスピーチをして合格しました。

大学生になると、勉強する傍ら、地元の観光キャンペーンレディになりました。人前に立って表現したり、人に何かを伝えたりするのが楽しそうだと思ったんです。

キャンペーンレディになるまでは、地元の観光地や歴史についてあまり詳しくありませんでした。しかし、みなさんに説明する立場なので、それじゃダメだと思い勉強。知れば知るほど「ふるさとすごい、自分の住んでる町すごい」と感じて、初めて郷土愛が生まれました。

お祭りのPRでメディアを訪問する中で、NHKのスタッフの気配りや心遣いに感動し、「NHK福井で働きたい」と思うようになりました。

ちょうど大学でも、元NHKの先生の授業を受けていて、地域との向き合い方に心を打たれたんです。担当記者がそれぞれの地域と真剣に向き合い、誠実に取材をして地域のための放送をしようとしている。そんな姿勢が好きだと感じ、憧れました。

魅力の伝え手としてのプライド


就職活動では、NHKをはじめ大手マスメディアを受けましたが、全国採用のレベルは高く、ご縁がありませんでした。「就職するなら地元の優良企業」という周囲の価値観に流されて、地元の自動車ディーラーを受験。内定をいただきました。しかし、このまま就職して無難な生活を歩むのかなと思ったとき、ちょっと怖くなりました。まだチャレンジしたいことがあったんです。

特にやりたいのは、長期留学でした。働きはじめたら海外旅行には行けても、留学するのは難しい。そう考え、内定を辞退して、中国に留学することにしました。

中国では、文化や生活習慣を知るのが楽しかったです。世界中から集まってくる留学生たちとの、中国語や英語でのコミュニケーションも刺激的でした。

翌年3月に帰国すると、ちょうどNHK福井放送局で契約社員のディレクターを募集していました。大学のとき憧れていた仕事で、タイミングもぴったり。「これだ、絶対にやりたい」と思って応募し、2カ月後には勤務を開始しました。一度は就職活動の波にのみ込まれて自分を見失いそうになりましたが、自分のやりたいことをしっかり持っていれば、軌道修正してやりたいことに近づけるんだと実感しました。

福井の中で輝く人、食材や自然、産業、ものづくりの技術など、いろいろな切り口で福井のすごいところを取材していきました。良さを知る中でどんどん福井が好きになって、取材にのめり込んでいきました。

キャンペーンレディのときは、明るくポジティブに「福井大好き」という思いを発信していました。でもディレクターになると真剣度が高くなり、「こんなにすごいのに知られていないのが悔しい」と思うようになったんです。絶対番組にして伝えたい、という取材者魂が芽生え、福井に対してプライドを持つようになりました。

帰国し、映像制作の楽しさを実感


NHKで4年間、がむしゃらに働く中、地元出身の女性のディレクターが青年海外協力隊から職場に戻ってきました。そのとき、「青年海外協力隊に行きたい」という高校生の時の夢を思い出したんです。彼女に話を聞いて、映像の仕事でも参加できることを知りました。「私にぴったり、今行くべきだ」と思い切って応募し、無事合格できました。

派遣先はアフリカのマラウイ共和国。HIVやマラリアの予防啓発ビデオなどを作り、健康を推進するために村々で上映して回る活動をしていました。

アフリカでの動画制作は、これまで学んだ方法とは全く違いました。マラリアの感染率や死亡率を数字やグラフで表した映像を作ったら、同僚が「それではまったく伝わらない」というんです。国民には、数字や文字がわからない人も多い。だから、データを示すよりもドラマ仕立てにしたり、音楽を多用した方が伝わりやすいと。目からウロコでした。伝えたい人のことを考えて、伝わる映像を作ることが大事だと学びましたね。

2年の任期が終わると、せっかくアフリカまで行かせてもらったのだから、国際援助に携わらないといけないのではないかと考えるようになりました。日本に戻ってからしばらくは、青年海外協力隊のスタッフとして働きました。楽しかったですが、お手伝いで映像を作る機会があったとき、「ああ、私はやっぱり映像が大好きなんやな」と実感したんです。私の人生で、映像制作の楽しさに勝るものはないと思い直しました。

NHKでの契約を終え、地元の映像制作会社で働いていた時、福井県庁がマスコミ出身の動画制作経験者を募集していることを知りました。面白そうだと感じて応募し、広報課の専任職員として採用されました。

福井の発信をずっとやめない


今は、福井県の広報課専任職員として情報発信を行なっています。実は、福井県は47都道府県の幸福度ランキングで3回連続日本一。しかし、あまり知られていませんでした。そこで、SNSを使って幸福度の高い福井県の魅力を全国に発信しています。

「おいでよ!ふくい」という名前でPR動画を毎月1本、独自取材の写真記事を週に3本以上、年間200本ほど発信しています。担当職員は私一人だけ。機材も豊富ではなく、タレントに出てもらう予算もないので、苦肉の策で自分が出演することにしました。でもかえって、それが「おいでよ!ふくい」の味になったと思います。

自治体のPR動画は今や戦国時代で、ある調査によると2017年には1000本ほどが新たに配信されたそうです。大手の広告代理店さんが作るもの、有名なタレントさんが出ているものなど、すごく注目されるものがある一方、埋もれていくものも数多くあります。その中での戦い方に悩みましたが、続けるうちいくつかのやり方を確立しました。

まずは発信し続けること。コンスタントに毎月、四季折々の楽しいリポートを出し続ければ、一つひとつの動画は再生回数が低くても継続して見てもらえる可能性があります。

次に、担当者である私が取材を、体験を思いっきり楽しむこと。自分が楽しんでリポートすることで、見ている人に福井の楽しさを追体験してもらえると良いなと思っています。

最後に、地元の人を巻き込むことです。幸福度日本一の福井の魅力を発信するためには、福井に暮らしているみなさんの笑顔をたくさん出していくことが大切だと思っています。福井の人はシャイなので、取材を申し込んでも「うちは大したことないから、向こうを取材してくれ」なんて言うんですね。そうすると、私がうまく取材して世の中に知らしめてやろうと、使命感のようなものがメラメラと燃えてくるんです。

今は目の前の取材に追われていて、3年の任期の後は何も考えていません。でも、自信を持って言えることは、地元のテレビ局や制作会社に所属することになっても、フリーになっても、福井を見つめ続けて、福井の良さを取材し発信し続けることを、ずっとやめないということです。

自分が誇りに思う故郷の良さを発掘して発信できることが、やりがいであり、生き甲斐です。福井を多くの人に知ってもらう可能性を作れているのであれば、すごく幸せですね。

2019.05.02

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