新潟県新潟市で生まれました。3歳のときに父の体調が悪化し、入院することになりました。3人暮らしだったのですが、母は父の看病に専念する必要があったため、僕は父の実家がある燕市に預けられました。燕市は金属加工業が盛んで、隣の三条市とともに「燕三条」と呼ばれる地場産業で有名なまちです。「石を投げれば社長に当たる」といわれるほど、会社が多くて商工業が活発でした。

父の実家は、明治10年から続く老舗銭湯を営んでいました。シャッター街とは無縁な活気あふれる商店街の一角に位置していて、地元の人がたくさん集まって、いつも賑やかでした。周りには喫茶店や本屋など、さまざまなお店がたくさんあって、飽きませんでした。本屋ではよく絵本を読み、ワクワクして過ごしましたね。

コミュニティができあがっていたので、地域の人は僕の事情を知っていました。だからみんなから優しくされて、温かい場所だなと感じましたね。

4歳のときに父が亡くなり、母が住む新潟市に戻って2人の生活を送りました。その後、10歳になると今度は母親の両親が住む柏崎市に引っ越しました。燕市に住んだのは1年ほどなのですが、幼少期を過ごした燕市には深い愛着が残りました。