ネパールのゴルカという場所で生まれました。私が小学校1年生の時に父が警察官を退職し、地元で建材の販売店を始めました。はじめは、同じような商売をしているお店は近くになく、父は周りの人からばかにされました。しかし、事業を初めて半年ほど経つと、徐々に売り上げが上がるように。1年ほど経つと、お客さんのニーズに合わせて建材とは関係のないインテリアも扱うようになり、どんどん事業を拡大していきました。

父が遠くの街に買い出しに行く時などは、店番を任され、そこでお客さんから「ありがとう」と声をかけられることがありました。すごく嬉しかったですね。お客さんを大事にしなきゃと思いました。

同じ頃、日本で働いていた父の友達がネパールに帰ってきて、日本について話しているのを聞きました。その人が言うには、日本人は優しく、例えば一人で道を歩いていると、どこまで行くのかと声をかけてくれ、道案内してくれたとのこと。優しい人が多いという日本に、いつか行ってみたいなと考えるようになりました。

ダンスや音楽が好きで、勉強やお店の手伝い以外の時間は、よく踊っていました。14歳の時、年に一回開催される学校のイベントにダンサーとして出場して以来、いろんなお祭りやイベントでダンスを踊るようになりました。

高校卒業後は、バンドを組んで音楽関係の道に進みたいと考えていましたが、父から「稼げないからやめなさい」と言われ断念しました。ネパールでは、進路を子どもが決める仕組みが整っておらず、親が決めることが多いのです。そのため、手に職をつけられるよう首都カトマンズの専門学校に入学し、電気修理などの技術を3年間学びました。