宮崎県日南市で生まれ育ちました。幼いころは病弱で、よく入院をしていました。性格は大人しくて、地味な方。自分から人前に出るなんてことは一切ありませんでした。

しかし小学校3、4年生になると、性格が豹変しました。人前に出ることにすごく緊張していたのが、むしろ自らどんどん出たいと思うようになったんです。将来は役者やアナウンサーをやってみたいと言い出すようになりました。自分でもきっかけは全く分からなくて、我ながら驚きました。

芸能系に興味を持ち始め、役者や演出家、脚本家を目指すように。学校で劇をやる時は、張り切って脚本を書いていました。ジャッキー・チェンが非常に好きで、役者から映画監督までなんでもこなす彼に強い憧れを抱いて、あんな風になりたいと強く思っていました。

中学校では、勧誘を受けて吹奏楽部に入部しました。しかし行ってみると全然面白くなくて。姉の影響で習っていたピアノも大っ嫌いでしたし、楽器は好きになれないと思いましたね。
14歳のある日、偶然アリスのコンサートのCMを見ました。直感的に、行きたいなと思いました。特別アリスファンというわけではありませんでしたが、もともと祖父母っ子で幼いころから美空ひばりなどを聞いて昭和歌謡に慣れ親しんでいたため、何か感じたのかもしれません。

そこで両親にねだって、生まれて初めてコンサートに行きました。場所は宮崎市民文化ホール。僕は前から4列目、谷村さん側の席でした。彼はコンサート中ずっと笑っていて、その笑顔がまるで僕だけに向いているように感じられたんです。

おそらく勘違いですが、それが圧倒的でした。虜にされたというか、「僕もそっちに行きたい」と強く思いました。この人みたいに生きてみたいと、「谷村新司になる」という夢を掲げてすぐにギターを始めました。

これまで楽器が嫌いだったため、音楽に関心を持つとは自分でも驚きでした。絶対に行かないと思っていた方向にどんどん進んでいくのは複雑な気持ちでした。ただ、音楽の素晴らしさや谷村さんの魅力の方が、それに勝ったんですね。

姉が持っていたギターを借りて、一人で地道に練習しました。ちょうど親戚の結婚式があったので、まずは余興に出ることを目標にして。その後、地域のイベントで出演者が足りないという話を聞きつけ、母に背中を押され出演希望を出したんです。すると出られることになって、初めてステージに上がりました。ギターを始めてちょうど5カ月目ぐらいのことでした。

ステージに立っても、まったく緊張しませんでしたね。物怖じしていないというか、本当に楽しくて。谷村さんが好きだとか、歌が好きだという思いを、ただただぶつけていました。それをきっかけに、「出してください」と頼んでいろいろなステージに出演させてもらうようになりました。

歌い始めてから、歌で食べていきたいという思いが生まれました。ただ、思いだけではどうにもならない世界です。資格を持っておくとつぶしがきくと考え、高校は商業科を選びました。音楽をやりながら、学校ではワープロや簿記などを学んでいましたね。