三重県で生まれました。四人兄妹の三男です。父は地域でよく知られる開業医でした。街を歩いていると「あそこの息子さんだね」と言われることが多くて、それが嫌だと感じることがありました。僕自身はぱっとしない子どもなのに、医者の息子として自分を作らなければならない部分があって息苦しかったんです。

父は、医者にならなくていいと言いましたが、二人の兄も医者を目指していましたし、自分も当然医者になるものだと思っていました。国立大学附属の小学校に通い、中高は医学部への輩出数が日本一の学校に進学。医者にならないという選択肢はなかったですね。

一瞬の抵抗として、砂漠に植林する仕事がしたいと思ったこともあります。ただ、その仕事をしていた知り合いに相談した所、「それは無理だ」とボロカスに言われてしまって。他に興味を持てることもなく、結局、医学部に進みました。

医学部に入り、医者になる将来が決まりましたが、楽しめる自信はありませんでした。医者としての使命感や実現したいことが浮かばなかったんです。一方で、周りの医学部生は、自分の軸を持っている人ばかりでした。世界平和を目指して活動していたり、ウェブ系の会社を経営していたり、バーテンダーをやっていたり。派手ではなくても、みんな自分に正直に生きている感じがして、うらやましかったです。

そんな友人たちの影響や、将来医者にはならないかもしれないという思いから、大学ではできるだけ「医学部生がやらないこと」に挑戦することにしました。それで、勉強と部活の他に、DJやウェブサイトでの記事執筆、飲食店経営にも関わるようになりました。

他の人には無い感覚を学生時代に養ったことで、自分の誇りになりましたね。例えば、知り合いが運営する地域企業と大学生をつなげるメディアで、「医学部生として社会問題をどう考えるか」という切り口で記事を書きました。多くの人に読まれることを目的にするなら、過激なことを書けばいいだけですが、社会に与えたい影響や自分の書きたい主張と、読者が読みたいと感じることのバランスを考えるのが難しかったですね。そこが面白さでもありました。

DJも記事を書くのと似ていましたね。自分が流したい曲を選びつつ、お客さんが聞きたいと思う曲とのバランスも大事で。情報発信には、受け手視点と自分視点のどちらもあることを学べました。