どんな事情を抱える人も、自分らしい人生を。
「HUG YOU ALL」な社会を作る。

がんになった経験から、がん患者とその家族や友人たちのための相談支援センター「マギーズ東京」の設立に向けて活動していた鈴木さん。念願のセンターをオープンさせ、長年報道記者として務めたテレビ局を退職して新たな一歩を踏み出そうとしています。鈴木さんが実現したい未来とは。お話を伺いました。

鈴木 美穂

認定NPO法人マギーズ東京共同代表
がん患者や家族が納得のいく情報選択ができるよう寄り添う認定NPO法人「maggie's tokyo」共同代表理事。元・日本テレビ報道局社会部記者兼キャスター。2019年、自身初となる著書『もしすべてのことに意味があるなら』を出版。

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がんになった意味を見出せた


2014年に、がん患者とその家族や友人たちのための相談支援センター「マギーズ東京」をオープンさせるため、クラウドファンディングを行いました。医療知識を持ったスタッフが利用者の悩みを聞いたり、相談に乗ったりできる場所を作りたかったのです。

結果として1100人もの方にご協力いただき、クラウドファンディングを成功させることができました。お金以外にも、施設に植える木、建物内のテーブルや照明など、備品を寄付してくださる方もいました。

多くの方の支援を受けて迎えた、オープン当日。大勢の人が来てくれて、最寄り駅まで行列ができたほどでした。

この日までずっと、がんになった事実を抱えて生きるのに、どこかコンプレックスや不安、恐怖がありました。それらが全くなくなったと言ったら嘘になります。でも、ここに来れば話を聞いて寄り添ってくれる人たちがいる。私には、この社会には、マギーズ東京がある。そう思えることで、私も私の家族も、がんと向き合って生きていけると感じました。

そしてそれは、他の多くの人にとっても同じではないかと思ったんです。マギーズ東京ができたことで、初めて「私ががんになった意味があったのかもしれない」と、心から思えました。本当の意味で、がんになった経験を乗り越えられたような気がしましたね。

それから、マギーズ東京には月に500人ほどの方が足を運んでくれるようになり、運営も軌道に乗りました。私の元にも感謝の手紙が届いたり、ありがとうと言ってくださる方がいて、マギーズがみんなに必要とされる場所になっているのを実感しました。

がんは人生の中の一つの経験


記者をしながらマギーズの設立準備や運営のために忙しく過ごす中で、ある男性とお付き合いすることになりました。

それまでも恋愛したことはありましたが、相手にがんだと打ち明けると「親が受け入れられない」と言われたり、連絡が途絶えたりしたんです。そういう辛い経験があって、一時は恋愛にチャレンジする気持ちがなくなっていました。

でも彼は、私の半生についてのインタビュー記事を読んでいて、最初から「マギーズの鈴木さんですよね?」と声をかけてくれたんです。すでに私ががんを経験していることを知ってくれていたので、がんのことを自分から言わなくていいのが心地よかったですね。お互い仕事を大事にしていましたが、その合間をぬって会うようになりました。

これまで、私が何かをやって発信しても、「鈴木美穂」ではなく「がん患者」として見られている気がしていました。アイデンティティががん患者になってしまったみたいで、すごく嫌でした。でも彼は、がん患者ではなく、「鈴木美穂」としての私を見て、接してくれたんです。

彼と一緒にいるうちに、がんへの向き合い方が少しずつ変わっていきました。がんは私の一生を支配するものではなく、人生の中の経験の一つなんだと思えてきたんです。そんな風に思わせてくれる彼の存在がありがたかったですね。

伝えたいことや手段の変化


いろいろなことと並行して報道記者の仕事も続けており、全国放送の番組のニュースコーナーのキャスターも任せてもらいました。世の中の課題の多くは、知ることで解決できると思っていたので、世間が知らない問題を「伝える」ことができるキャスターという仕事にやりがいを感じましたね。

一方で、マギーズを運営するうちに、がん以外にも鬱や子どもの貧困などの社会課題を解決するために、マギーズのような施設を作りたいと相談が来るようになりました。

そのとき、マギーズという「場所」も、「伝える」ための一つの手段だと気がつきました。マギーズは、訪れた方の話に徹底的に耳を傾けて、最適な選択ができるよう情報を提供する場所です。何かを伝えようと思ったとき、これまで携わってきたテレビの報道だけではない、様々な方法があるんだとわかりました。

マギーズを始めたことで、伝える手段はさらに増えていきました。国の機関や地方自治体の会議でお話する機会ができたり、一般の方に対して講演したり、本を出版したり。できることが広がる中で、次第にテレビ局の仕事にこだわらず、幅広い手段で伝えていきたいと思い始めました。

また、伝えたい内容も変化しました。これまでは自分の主題であるがんについてやってきましたが、大勢の相談を聞くうち、世の中にはがんだけではなくさまざまな社会問題があり、みんなそれぞれ事情を抱えながら生きているんだと改めて感じるようになったんです。

大企業の社員がモヤモヤしながら働いていたり、退職したシニアが孤独を抱えていたり、同年代の女性が不妊で悩んでいたり。がんだけでなく、いろいろな事情を抱えた人を包み込み、応援できる社会を作りたい、と強く思いました。

そういう社会を作るためには、がんになる前に感じていたように、互いの事情を知る必要があると感じました。理解のギャップを無くし、他人の事情を想像できるようにするために、さまざまな問題を伝え続けたいと思ったんです。

ちょうどその頃、付き合っていた男性と結婚しました。彼は、私が世界一周するのが夢だと話したのを覚えていて、仕事をやめて一緒に行こうと言ってくれたんです。夢が叶うこともうれしかったですし、世界中の問題をもっと知って、理想としている社会を実現するためにできることを考えたい、とも感じました。そこで、新卒から務めたテレビ局をやめ、世界一周の旅に出ようと決めました。

HUG YOU ALLな社会をつくる


現在は、テレビ局を退職しフリーになり、夫との世界一周に出発しました。

私が目指しているのは、「HUG YOU ALL」な社会です。この言葉はもともと、がんになった人の経験を丸ごとハグして受け止められるような社会、という意味を込めて、マギーズ東京がオープンする時に決めた、マギーズ東京のコンセプトです。今はもっと広く、がんだけでなく何らかの事情を抱える人全てを包み込んで、抱きしめられるような社会を作っていきたい、という思いで使っています。

これを実現する方法を、世界一周の中で見つけてきたいと考えています。人の心の拠り所になる取り組みや場所、課題を解決するビジネスなど、参考にできそうなものをたくさん見て、アイディアを得て帰ってきたいですね。それらを掛け合わせて、理想の社会を実現するまだ日本にはない取り組みができればと思っています。

もちろん、マギーズはじめ、がん経験者としての活動も引き続き行います。2019年に「CancerX」という団体を立ち上げました。産官学が連携し、多分野の人が新しい切り口でがんについて考えるプロジェクトです。

これまでがんに対しての課題解決は、がんの種別や年齢別に分かれていました。CancerXではそういった分け方をせず、移動、ファッション、コミュニティなど、多くの患者にとって共通した大きなテーマに沿って、課題の解決方法を探していきます。マギーズで感じたことを含め、がんを抱えた方の課題を解決するプラットホームに育てていけたらと考えています。

私ががんになってから、術後の経過観察が必要だと言われていた10年が過ぎました。がんになって、世の中にはどんなに頑張ってもどうにもできないことがあると知りました。でも、たとえどうにもならなくても、自分が納得できるように在りたいと思っています。

大事なことは、人生が長くても短くても、自分らしく生きたと思えることです。そんな人生を送れる人が少しでも増えるよう、私は、みんなが相手の事情を想像して支え合える、居心地のいいHUG YOU ALLな社会を作っていきたいです。

2019.07.17

インタビュー・ライディング | 粟村千愛
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