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「ありがとう」の言葉が、僕の人生を変えた。野球で挫折した少年が、数十億の借金を背負ってまで守り抜きたかったもの。

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株式会社ファインズ 代表取締役社長 三輪 幸将(みわ ゆきまさ)

上場企業の社長というと、順風満帆なキャリアを歩んできたと思われるかもしれません。 でも、僕の人生は「挫折」からのスタートでした。

高校時代、白球を追いかけていた野球少年は、夢破れ、目標を失いました。ぽっかりと空いた心の穴。

それを埋めてくれたのは、高尚な夢やビジョンではなく、アルバイト先で出会ったお客様からの素朴な「ありがとう」という言葉でした。

あの日、原付バイクで弁当を運んでいた少年が、なぜ今、中小企業のDXを支援しているのか。

そして、なぜ数十億円もの個人保証を背負ってまで、この会社を守ろうとしたのか。 これは、泥臭く、不器用な、僕の「仕事と仲間」の物語です。

三輪 幸将

みわ ゆきまさ|株式会社ファインズ 代表取締役社長

株式会社フリーセル(現 ブランディングテクノロジー株式会社)の営業部門にてキャリアをスタート。その後、株式会社ファインズの立ち上げメンバーとして参画し、Webマーケティングの営業を中心としながらも経営戦略や事業全般の企画・推進に従事し、執行役員、常務取締役に就任。また、子会社を立ち上げ代表取締役に就任するなど、グループ内外での事業展開にも深く携わる。
2018年に株式会社ファインズの代表取締役社長に就任。2022年にはグロース市場上場へと導くなど、常に未来を見据えた経営戦略を推し進めている。

野球しかなかった僕が、「仕事」に救われた日

僕は3人兄弟の真ん中として育ちました。幼い頃から生活の中心は常に野球。甲子園を目指し、厳しい練習に明け暮れる毎日でした。

しかし、高校時代に大きな挫折を経験します。「自分はこれ以上、上には行けない」。残酷な現実を突きつけられ、野球という生きがいを失ってしまったんです。

そんな無気力な僕を変えたのが、高校生の時に始めたお弁当屋さんでのデリバリーのアルバイトでした。

ある雨の日、ずぶ濡れになりながらお弁当を届けた時のことです。玄関先に出てきたお客様が、僕を見てこう言いました。「こんな雨の中、本当にありがとうね。助かったよ。」

その瞬間、心が震えました。野球ではレギュラーになれなかった自分が、ここでは必要とされている。自分が汗をかいて動くことで、誰かが喜び、感謝してくれる。「仕事って、こんなに楽しいんだ。」

その原体験が、僕の仕事観のすべてを決定づけました。 大学時代にはピザ屋のアルバイトにのめり込みました。

店長代理を任され、1日50〜60万円の売上を作るために、仲間と声を掛け合い、チラシを配り、必死でピザを焼く。学生ながらに「チームで目標を達成する喜び」を知りました。

この時の、「目の前のお客様を喜ばせたい」「仲間と一緒に熱くなりたい」という想いは、今のファインズの経営スタイルそのものです。

突然突きつけられた「会社売却」。僕がLBOを選んだ理由

大学卒業後、アメリカへの留学を経て、ベンチャー企業で経験を積み、ファインズの立ち上げに参画しました。

動画制作という武器を手に、会社は順調に成長していきました。しかし2018年、僕の人生最大の試練が訪れます。

当時、僕は社長に就任したばかり。そんな矢先、創業オーナーから突然、「会社を売却しようと思う。」と告げられたのです。

頭が真っ白になりました。 当時、僕たちは「上場」という目標に向かって走っていました。

僕を信じてついてきてくれた役員や、現場で汗を流す社員たち。会社が他資本に売却されれば、彼らの夢や、自分たちが築いてきた文化が守れなくなるかもしれない。

選択肢は2つ。 オーナーの決定に従い、会社が売られていくのを見過ごすか。 それとも、自分自身で会社を買い取るか。

当時の会社の規模は、いち個人が買えるような額ではありません。数十億円という資金が必要です。

正直、怖かった。失敗すれば、個人の連帯保証で一生かかっても返せない借金を背負うことになる。

でも、僕の脳裏に浮かんだのは、苦楽を共にしてきた仲間たちの顔でした。

「あいつらを裏切ることはできない」 その一心で、僕はLBO(レバレッジド・バイアウト)を決断しました。自分の人生を担保に、ファインズという船を買い取ったのです。

もちろん、綺麗事だけではありませんでした。経営体制が変わる中で、去っていく古参メンバーもいました。

仲間を守るために決断したのに、仲間が去っていく。あの時の痛みは、今でも忘れることができません。

それでも、残ってくれたメンバーと歯を食いしばり、2022年、僕たちはついに東証グロース市場への上場を果たしました。

上場はゴールじゃなかった。「第2の創業」への挑戦

上場の鐘を鳴らした時、最高の景色が見えると思っていました。 しかし、待っていたのは「燃え尽き」にも似た感覚と、新たな苦悩でした。

「上場」という大きな目標を達成した後、会社はどこへ向かうのか。業績が伸び悩む中で、僕は再び強烈な危機感を抱きました。

「このままじゃダメだ。もう一度、会社を作り変えなきゃいけない」

2025年3月、僕は新たな経営チームと共に、会社の存在意義(パーパス)を一から問い直しました。 そこで出てきた答えは、やはりあの「原点」でした。

素晴らしい技術や想いを持っているのに、デジタルの使い方が分からなくて損をしている中小企業の方々。皆様の隣に寄り添い、応援すること。

お弁当を届けて「ありがとう」と言われたあの日と同じように、テクノロジーという武器を、汗をかいて届けること。

『企業と地域社会の未来に、テクノロジーの追い風を。』

これが、僕たちが辿り着いた新しい旗印です。 スマートなIT企業じゃなくていい。泥臭くてもいい。お客様の隣で、一緒に悩み、一緒に喜べる「伴走者」でありたい。

今は、2度目の創業だと思っています。 あの日、野球を諦めた少年は今、たくさんの仲間に支えられて、終わりのない「仕事」というグラウンドに立っています。

これからも僕は、お客様からの「ありがとう」を聞くために、走り続けていくつもりです。