営業は「攻略マップ」だ。『最強の法人営業指導マニュアル』(東洋経済新報社)の著者が語る、早稲田ラグビー部での原点

2025年5月、私は東洋経済新報社から一冊の本を上梓しました。 『教え方が悪いから部下が育たない 部下を覚醒させる最強の法人営業指導マニュアル』。少し挑発的なタイトルかもしれません。
「数字に追われるのは、地図を持たずに戦場へ出るからだ。本書が示すのは、その地図だ」
これが、私が本に込めたメッセージです。 私は今、シードパートナーという会社で、プロフェッショナルによる経営コンサルティングと、外国人材の紹介事業を手掛けています。特に、私自身が最も得意とする「法人営業」のコンサルティングでは、この「攻略マップ」と呼ぶべき手法を徹底しています。
法人営業は、才能やセンスではありません。商談相手の情報を徹底的に準備し、相手の課題をどの順番で、どの言葉で引き出すか。その「誘導する動線」を設計する技術です。この手法を導入した地場のレンタカー会社では、年間一桁だった法人新規契約がわずか三週間で四社に増えました。「新規営業先で何を話せばいいのか分からずストレスだったが、今は営業が楽しくて仕方ない」とまで言ってもらえました。
この「地図」や「動線」という考え方は、なにも営業だけに限りません。 これは私の会社、シードパートナーのコンサルティング事業そのものを貫く哲学です。 なぜ私は、机上の空論ではなく、「実行できる地図」にこれほどこだわるのか。
その原点を辿っていくと、私の人生最大の挫折に行き着きます。 早稲田大学ラグビー部での4年間。160人の部員の中で、ついに一度もレギュラーになれなかった。あの時のコンプレックスと反省が、私のすべての思考と行動を形作っています。
永沼 秀一
1970年生まれ。早稲田大学卒業後、安田火災海上保険(現:損害保険ジャパン)に入社。商品力で差別化ができない保険業界で、独自の課題解決型営業を実践し「伝説」と呼ばれるほどの圧倒的な成果を出す。2013年、株式会社シードパートナーを設立。2025年5月、東洋経済新報社より初の著書『教え方が悪いから部下が育たない 部下を覚醒させる最強の法人営業指導マニュアル』を出版する。
ファーム出身者ゼロ。「実行」で答えを出すプロ集団
私の会社、シードパートナーには、現在24人のコンサルティング・パートナーがいます。しかし、いわゆる「コンサルファーム出身者」は、今のところ一人もいません。
全員が事業会社で、「この事業・業務を成し遂げてきた」という圧倒的な成果を上げてきた「実行できる人」の集団です。「なんとなく経営課題を解決します」といった曖昧なスキルしか持たない人間は、うちには誰一人として存在しません。
例えば、パートナーのWさん、大手電機メーカーA社のトップ技術者でした。 当時のA社「世界一の開発しか認めない」というオーナーの哲学が浸透している会社です。「世界一」の定義は、圧倒的に安いコスト(例えば従来の10分の1)か、誰も考えたことのない製品か。それを実現するために、技術者たちは自分の専門領域だけにとどまらず、常に「この技術とこの技術をミックスしたら、誰も成し遂げられなかったものが作れるぞ」と日々議論を重ねていた。Wさんは、そうした環境で鍛え抜かれた人物です。
ある時、船舶用の温度計を作っている会社が、死活問題に直面していました。 2020年から水銀の使用が世界的に禁止されることになり、主力商品が作れなくなるのです。水銀を使わない温度計を、今までと同じコストで開発しなければならない。3年間、社内の技術者で知恵を絞っても、答えが出せずにいました。
そこで当社に相談があり、Wさんとの面談を設定しました。そして、契約前の「面談初日」に、彼はこう言ったのです。 「え、それならこうやって解決すればいいじゃないですか」
その場にいた技術者たちは「試行錯誤しながら、何の結論も出せなかった俺たちの3年間は何だったんだ……」と呆然としました。 課題は、水銀と違って電子式の温度計にすると「電池」が必要になることでした。船は長期間航行します。もし1ヶ月で電池が切れたら、頻繁な交換作業が発生するし、万が一交換を忘れて温度が測れなければ、船が止まるリスクが高まり人命に関わる。
そこでWさんが提案したのが「電子ペーパー」の活用でした。 電子ペーパーは、温度表示を切り替える瞬間だけに電力を使い、普段の「表示」は紙と同じで電力を全く使わない。だから、1分に1回だけ温度を測ってパッと表示を切り替え、また休む、という制御にすれば、電池寿命が劇的に伸びる。結果、数年間の電池交換が不要になりました。
今の時代、コストを掛ければ大抵のものは作れます。しかし、「このコストで」「この寿命で」という制約の中で、Wさんは誰も思いつかなかった技術の「掛け算」で、3年止まっていた課題をその場で解決してしまったのです。当然、即決で契約になりました。
「買い叩き」ではなく「成績表」でコストを16%下げる
もう一人は、購買のプロであるKさん。彼はグローバルなエレクトロニクス業界や自動車業界、つまり世界で最も購買に厳しいグローバル企業で戦ってきた人物です。
ある売上40億ほどの電子機器メーカーの購買支援に入った時のことです。そこの購買部長は「俺たちは日々努力している。こんなコンサルが入ったところで、コストは若干は下がるかもしれないが、大きな結果なんて出るわけない。」と、当初はコンサルの採用に否定的でした。
しかし、社長に「一旦試してみてくれ」と言われ、プロジェクトがスタートしました。 最初に取り掛かった「コネクター」という部品カテゴリで、購買コストが12%下がりました。次に取り組んだ「ディスクリート」という部材で、16%下がった。
年間10数億円ほどの購買額がある会社です。この二つの部品カテゴリだけで、年間3,000万円レベルのコストダウンになる。もう、みんなびっくりです。
重要なのは、Kさんは「買い叩き」をしないことです。 多くの中小企業の購買は、サプライヤーを集めて「安くしないと取引しないぞ」と競争させる入札形式です。Kさんは、全く逆のやり方をします。
「良いビジネスをしたいなら利益率は下がっても、お互い努力して売上を上げて、利益額を一緒に増やそう。」と持ちかけるのです。
そして、「サプライヤー評価表」を作って相手に提示します。コスト・品質・納期を始めとした複数項目の成績表と、低評価項目の改善提案をします。「あなたは、コストは安いけれど、ちょっと納期に問題があるよね」「品質はいいけど、ここを改善すれば、あなたとの取引をもっと増やしますよ」などと。
サプライヤーからすれば、自分たちの弱点を教えてもらえ、そこを頑張れば売上が上がる道筋が見える。だから、むしろ「ありがとう」と喜ばれます。もちろん、評価の低いサプライヤーとの取引を減らし、良いサプライヤーとガッツリ組むという判断は発生します。しかし、それは買い叩きではなく、お互いがビジネスで強くなるための真っ当な判断です。
これが、私の営業マニュアルで書いた「攻略マップ」と同じ、机上の空論ではない、現場で「実行」できるプロの仕事です。
挫折の原点。160人の組織と「汲み取る力」
なぜ私が、こうした「実行」と「課題解決」にこだわるのか。 その原点は、早稲田大学のラグビー部時代にあります。
当時、部員は160人。その中で試合に出られるレギュラーはたった15人です。 単純計算で11軍まで存在し、部室には「1軍」「2軍」…「11軍」と、名前が書かれたプラカードが上から下まで並んでいます。
私はせいぜい3軍がいいところでした。走力には自信があり、例えば1500m走で部員の中で1位。キックも得意で、両足でキックができました。両足同じ質でキックができるのは、当時の部員で私だけでした。
私は中学からラグビーを始め、高校時代は1年生の春からレギュラーになりました。
つまり、高校時代の3年間はずっとレギュラーでした。
しかし、ラグビーのためだけに生きたと言っても過言ではない大学時代は、一度もレギュラーにはなれませんでした。
3軍の私から見ても、圧倒的な身体能力を持ちながら、なぜか自分と同じ3軍でくすぶっている仲間もいました。逆に、そこまで能力が高く見えなくても1軍に選ばれる人間もいる。
この差は何か?
それは、その年の監督やコーチが求める戦略を「汲み取る力」でした。
組織には方針があります。「今年はこういう戦い方で行く」という戦略に対し、自分の能力をどうアジャストさせ、チームに貢献するか。そこを分析できる選手が選ばれていく。
当時の私は、自分の長所であるキック練習ばかりしていました。一方で、コンタクトスポーツであるラグビーに不可欠な「体の強さ」が決定的に足りなかった。ウェイトトレーニングが大嫌いで、その弱点から目をそむけていたのです。組織が求めるピースになろうとせず、ただ自分の強みだけを押し出そうとしていた。
4年間、一度も「赤黒ジャージ」と呼ばれるレギュラージジャージを着ることなく卒業を迎えました。その時、ふと思ったのです。
「学生スポーツだから、レギュラーになれなくても4年間チームに在籍できた。ラグビーの一線から引いて、これから金融の世界で生きていく。社会人になってお金をもらうプロの世界で、組織論も理解せず、自分の得意なことだけやっている人間が必要とされるだろうか?」
この4年間の反省を、次のステージで活かせなければ、何のためにラグビーをやったのか分からない。この強烈な挫折とコンプレックスが、私の社会人としての原点になりました。
4万4千円を3,000万円に変えた「昼飯」
新卒で入社したのは、安田火災海上保険(現:損保ジャパン)です。配属されたのは千葉で、自動車ディーラーに保険を売ってもらう「代理店営業」でした。
当時の損害保険業界は、法律によって全社の商品内容も値段も「すべて同じ」と決められていました。商品力での差別化は1ミリもできません。
となると、選ばれる理由は「商品」ではない。「損保ジャパン」を選ぶ理屈もない。 残された選択肢はただ一つ。「永沼だから」と私を選んでもらうことでした。
そのために、私は「相手が何を求めているか」を徹底的に分析し、解決することにこだわりました。ラグビー部時代にできなかった「汲み取る力」の実践です。
ある時、私が担当していたメーカー資本と地場資本のディーラーが合併しました。しかし、企業カラーが違いすぎて現場がギクシャクしていました。その時、メーカーから出向してきたディーラーの社長に「君は合併前から両社を担当していたよね。合併後の社員の融合がうまく行かないのだが、どうすればいいだろう?」とふと声をかけられたのです。
当時の私は社会人2年目のペーペーです。それなりの規模のディーラーの社長から、普段は声を掛けられることはありませんでした。
私は改めて各店舗の雰囲気をリサーチしました。「経験値のあるおじさんたちを融合させるのは難しそうだ。まだ色のついていない若い人たちを先に融合させる方が確実だ」。
そこで、若い社員を集めてフットサルのチームを作りました。彼らはすぐに打ち解け、休日だけでなく、仕事中の会話もスムーズになりました。下の世代が仲良くなっているのに、管理職がいがみ合っているのが恥ずかしくなる。そうやって、組織は少しずつ変わっていきました。ある日、社長から呼ばれました「最近、社員のコミュニケーションが明らかに良くなっている。君は何をしたんだ?」
その社長からの、その後の私の評価は推して知るべきです。
また、ある中古車ディーラーでは、安田火災の年間の保険売上がたったの4.4万円でした。 中古車ディーラーは基本的に待ちの営業で、彼らの課題はシンプルでした。「平日の昼間、お客さんが来なくて暇」なのです。 私は毎日、昼休みに弁当を持ってその店に行き、彼らと一緒に昼飯を食べながら、雑談にとことん付き合ったのです。
他社の営業マンは「キャンペーンやるから売ってください」と、自分の都合で管理をしに来るだけ。私は現場に入り込み、彼らの「暇」という課題を「雑談」で解決した。結果、彼らは「保険を取るなら沼くんの会社にしよう」と選んでくれるようになり、3年後、その中古車ディーラーの年間売上は3,000万円になっていました。
「金メダリスト戦略」と父親の猛反対
私は相手に合わせた働き方をしたことで、組織の常識とはかけ離れる行動を取ることになります。
新車ディーラーの営業マンと話すには、彼らが店に戻ってくる夕方以降に訪問するのが一番効率的です。今ではあり得ないかもしれませんが、当時は日をまたぐ深夜までディーラーの店舗で営業マンたちと話し込むことが珍しくありませんでした。しかし、上司からは「なんでお前は夜、会社にいないんだ?サボっているんじゃないか!?」と怒られる。
「夜、会社にいたら、私のこの成績は出ませんよ。それでも帰ってこいと言うんですか?」
私は常に正論をぶちかました。それでも結果は出し続け、同僚から「伝説」と呼ばれるようになりました。しかし、上司からは「生意気だ」「組織になじまない」と評価され、営業成績ほどの評価は得られませんでした。
次に私が希望したのは、「生命保険」を売る部署でした。当時は生損保相互乗り入れが始まって数年で、損保の人間は生保の売り方を知らず、また損保会社としては亜流の不人気部署です。
上司からは「お前の成績なら花形の部署に行けるのに、なんでだ?」と不思議がられました。私はこう答えたのです。
「私は金メダリストになりたいんです。オリンピックの陸上100m走で金メダルを獲るのは競争が激しすぎる。でも、競技人口が少ないニッチな競技なら、圧倒的に金メダルを獲れる確率が高い。私はそっちを選ぶ戦略です。」
私はすぐに行動に移しました。生保を売るなら「相続」の知識が必要だと、大嫌いな勉強を猛烈に始め、税務や法律の知識を叩き込みました。 そして、代理店に勉強会を開いても成果が出ないことに気づくと、戦略を変えました。「分かる」と「できる」は違う。「もう面倒だ。私を客先に連れて行ってください」と。
代理店は、客先に社員を連れていくことを嫌がります。しかし、私は理屈で説得しました。「顧客企業の事業内容は?業績は?社長の年齢は?後継者の有無は?家族構成は?こういう相続の提案、あなたできますか?できないなら、私を連れていくしかないでしょう。」 私が同行すれば、大きな契約が次々に決まる。代理店には一件で数百万単位の手数料が入る。
結果、私は営業マンが40人ほどいる部署で、一人で全体の3分の1の成績を上げるまでになりました。
営業成績は順調でしたが、上司に対して生意気な私は一方で「こんな成績を出しても、上司に評価されない人生が続くのか」という悶々とした思いも抱えていました。
転機は、株で得た利益の使い道に悩んでいた時に訪れました。代理店の方から「フィリピンで学校を作るから出資しないか」と誘われたのです。
株の利益を「人生の思い出に残る使い方をしたい」と思っていた私は、二つ返事で出資しました。そして、現地の学校を見に行ったとき、その後の人生を決定づける光景に出会います。
目をキラキラさせた純粋無垢の学校の生徒たちが、私に駆け寄ってきて言ったのです。「私たちはいつ日本に行けるのですか?早く日本に連れて行ってください!」と。
頭をかち割られたような衝撃でした。この子たちのために、外国人材のビジネスを立ち上げよう。そう決意しました。
しかし、私は勢いだけで起業するタイプではありません。自分のビジネスを客観的にリスク分析し、その穴をすべて埋める準備をしてから、14年間勤めた損保ジャパンを辞めました。
銀行員だった父には「ふざけんじゃねえ!」「勘当だ!」「お前にいくら学費を払ってきたと思ってんだ!!」と猛反対されました。会社を辞める前の3ヶ月間はひどかったですね。 一方で母は、「お父さんは心配だから言ってるのよ。私はあなたの応援者だから、決めたなら頑張ってね」と静かに支えてくれました。
法人営業を、人気No.1の職種にしたい
私は今、大きな目標を持っています。 それは、「法人営業職を、学生の人気ナンバーワン職種にする」ことです。
法人営業は、リアルなロールプレイングゲーム(RPG)だと本気で思っています。
自分が得たスキルや能力が、対峙する相手(敵)のレベルが上がることで顕著にわかる。課題を解決すれば仲間(クライアント)に感謝され、大きなビジネスを動かせば大きな対価(収入)も得られる。
のめり込むほどに、自分も周りもビジネスでの成功を収められる。こんなに面白い仕事はありません。(理系の開発職も同じ面白さがあると思いますが、あくまで文系の中で最も面白い仕事という意味です。)
私は、大学ラグビーでレギュラーになれなかったコンプレックスを、今でも強く引きずっています。 同期で集まれば、いまだに「レギュラーだったやつ」が中心にいる。社会人になってどうかなんて関係ない、あの時のヒエラルキー(階層)が残ります。 学生時代に勝てなかった。 だから、ビジネスの世界では絶対に負けたくない。
過去は変えられません。しかし、その挫折やコンプレックスをいかに分析し、パワーに変えるか。その先にこそ、自分だけの道が拓けると信じています。
だからこそ、私は部下やチームが伸び悩んでいるマネージャーや経営者の方に伝えたい。 「部下が伸び悩むのは、才能がないからではありません。どの順番で、何を渡せば、次の工程へ自然に進むか――その“動線”をあなたが示せていないだけです」
今回出版する本が、多くのビジネスパーソンにとっての「地図」となり、法人営業はクリエイティブで、本当に楽しいものだということを知ってもらう機会になれば、これほど嬉しいことはありません。
永沼 秀一
1970年生まれ。早稲田大学卒業後、安田火災海上保険(現:損害保険ジャパン)に入社。商品力で差別化ができない保険業界で、独自の課題解決型営業を実践し「伝説」と呼ばれるほどの圧倒的な成果を出す。2013年、株式会社シードパートナーを設立。2025年5月、東洋経済新報社より初の著書『教え方が悪いから部下が育たない 部下を覚醒させる最強の法人営業指導マニュアル』を出版する。