「待っている子どもがいる」ということ。
教師ではなく、学童の指導員になった理由。

さいたま市にて、学童保育指導員として働く蓬田さん。大学の教育学部に通い、教育実習、教員採用試験の勉強まで進みながら、「学童保育指導員」を選んだ背景には、どのような思いがあったのでしょうか?お話を伺いました。

蓬田 隆裕

よもぎだ たかひろ|さいたま市学童保育指導員
さいたま市にて学童保育指導員として活動している。
その他にも、さいたま市・埼玉県の学童の指導員会の役員を務める。

なんとなく選んだ「教育」の道


小中高と、地元栃木で過ごしました。人と違うことをするのが好きで、自分の中で「やりたい!」と思ったことには飛び込んでいくようなタイプだった気がします。

小学校高学年で、当時流行っていた「ハモネプ」に興味を持ち、中学のバスケ部に所属する傍ら、友達とアカペラをやってみたこともありました。ボイスパーカッションやベースを練習し、一度番組に応募してみたりもしましたが、さっぱりでしたね(笑)

高校に入ってからは勉強に力を入れていました。入学した学校が進学校で、「自分もやらなければ!」という思いがあったのと、猛烈な反抗期を迎えていたため、勉強していれば家族と接する時間が少なくて済む、
というような気持ちがあったんです。頑張ってはいたものの、勉強が好きな訳ではなかったですね。

大学受験を見据え、勉強には力を入れていたものの、将来は特にやりたいことは明確でなく、大学に行くことは決めているという感じでした。

学部も迷ったのですが、受験勉強をしながら友達と放課後に問題を出し合い、教え合いながら勉強している時に、ぼんやり教育に興味を持つようになりました。文系だったので、経済学部や法学部もあったのですが、いまいち興味が持てず、教育学部を目指すことに決めたんです。

早く家族から離れたいという理由も併せて、埼玉の大学の教育学部に進学することに決めました。

子どもが好きなんだろうか?


大学に入学したら自然と反抗期はおさまっていきました。埼玉で一人暮らしを始めてみると、料理や洗濯のやり方がわからなくて、嫌でも家族と連絡を取ることが増えていき、解消されていったんですよね。(笑)

大学ではコラボレーション教育専修という学部に入り、色々な人にお会いしお話を伺う中で、自分を見つめなおすキッカケをたくさんもらいました。高校時代までの詰め込むだけの勉強とは違い、違った意味の「学ぶ」という価値観を知ることができました。

ところが、教育学部の授業を受けていくうちに、

「自分は子どもが好きなんだろうか?」

という疑問を持ってしまったんです。どの授業をとっても、そもそも教育の対象は子どもだということに改めて気付きました。

そんな時、大学で学童のアルバイトの張り紙を見つけたんです。たまたま友人もその学童でバイトをするとのことだったので、長期休暇ということもあり、私もやってみることに決めました。

そんな経緯で、わりと気軽に学童でのバイトを始めてみたのですが、初めてちゃんと接した「子ども」は、とにかくすごかったです。

初対面の人にはちょっかいを出したりしながら、相手の出方を見極めるんですよね。「こいつはどこまでやると怒るんだ?」みたいな感じで。しかも基本的に加減を知らないので、正直最初はイラッと来ることもありました。(笑)

常に全力の子どもたちと接する仕事なので、始めた頃は精神的にも肉体的にも辛かったのですが、子どもたちとの関係が徐々に変化していき、少しずつ距離が縮まっていくのが分かったんです。ある日、子ども達が私にあだ名をつけてくれた時は、すごく嬉しかったですね。

一度きりのつもりで始めたバイトでしたが、段々と楽しく感じるようになっていき、長期休暇の度に働くようになっていきました。

自分のことを待っている子どもがいる


大学3年になり、就職を意識し始めると「とりあえず教師かな」と、なんとなく考えていました。

ところが、秋ごろに1か月間小学校に教育実習に行く機会があったのですが、そこで実習をする中で、「教える」ということに対する違和感を覚えたんです。

学童では子どもと同じ目線の「横」の関係性ができており、素の姿で接してくれるんです。でも、同じ小学生の子ども達と関わるのに、それが教師と児童という立場になると、どうしても関係性が「縦」になってしまうような感覚がありました。

教員採用試験の勉強自体も、大学受験の時のような詰め込みの勉強で、やっぱり違和感がありました。

そうは言っても、学童の指導員と教師の給料の差が大きいこともあり、なかなか決めきれなかったんですよね。教師になるか、学童の指導員になるかで悩んでいて、覚悟が決まっていなかったんです。

そんな経緯もあり、どうしたものかと考えて、バイトでお世話になっている指導員の方に、就職について相談してみたことがありました。その方とお話していく中で、学童のある子どもについて、

「●●君が、いつもよっちゃん(私)の話をしているよ」

というお話をしてくれました。
その子は以前、遠足の時に私が一度だけ関わったことがあった子でした。

私自身、その時はその子に対して何もしてあげられなかった、と感じていたのに、

「自分のことを待ってくれている子どもがいる」

ということが嬉しくて、その話を聞いた時は号泣してしまいました。最後はそれに背中を押されて、学童の指導員になることを決意したんです。

社会的な認知度や収入の話もあり、家族には反対されましたね。家族会議なども開かれましたが、結局、「やりたい!」という一心で押し切って決断しました。

辞めようと思ったことは全くない


幸運なことに、バイト先の学童の指導員の方の計らいもあり、引き続き同じ学童で正規指導員になる機会をいただくことができました。

「次はいつくるの?」と子どもから聞かれるアルバイトとは違い、毎日子どもたちと顔をあわせるので、心の開き方や関係性は大分変わった気がします。まるで家族のような距離感で子どもと接することができるのは、学童特有の面白さだなと、改めて感じますね。

同時に、アルバイトに比べ圧倒的な責任の重さを日々感じながら働いています。

学童の目的は「子どもの放課後を保障すること」「保護者の働く権利を保障すること」という二つなのですが、これまでは子どものほうしか見えていなかったんですよね。保護者の方とのコミュニケーションを少しずつ増やしていき、しっかりと関係性を気付いていきたいと考えています。

また、昨年から埼玉県の指導員会の役員としても活動させていただいています。やっぱりまだ「学童って何をやっているの?」と言われることの方が多いんです。現状をしっかり認識し、自分たちで運動していかなければいけない組織だと思うんですよね。

まだまだ発展途上ですが、学童全体を良くしていけるよう、多くのことを学んでいきたいですね。

責任が重い仕事である分、正直しんどいなと思うこともあります。でも、辞めようと思ったことは全くないんですよね。

子どものことが好きでいるうちは、辞められないんじゃないかな、と思うんです。

2014.05.17

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