私は福島県塙町に生まれ、小中学校は地元の学校に通い、高校からは埼玉県に引っ越し現地の学校に通い始めました。あまり裕福でなかったこともあり、普段の生活で精一杯、将来の夢などを考える余裕はありませんでしたね。

それでも、一緒に暮らしていた祖母から和裁を習ったほうがいいと薦められ、高校卒業後は、祖母の知り合いが経営する呉服屋を紹介してもらい、そこで働くことに決めました。着物に関わる一連の知識を覚えられることは大事だという話で薦められたのですが、明治生まれの男勝りの祖母が言うならば間違えないという思いもあり、言うことを聞いて就職を決めました。気持ちを裏切れない面もあり、自分の意志はあまりありませんでしたね。

しかし、実際に働いてみると仕事は非常に楽しいものでした。高級品を扱う店だったこともあり、自分と比べて非常に裕福なお客さんと接する機会も多く、「自分には知らない世界がたくさんあるんだな」と感じましたね。着物の展示会で迷い無く買っていくお客さんを見て驚く毎日を過ごしました。

また、接客業務を通じて、客商売の面白さにも気づいていきました。元々、大人しい性格で陰に隠れて目立ちたくないタイプだったのが、仕事でお客さんと接することで、人と前向きにコミュニケーションを取れるようになっていったんです。

その後、一つの区切りと考えていた3年間働いてからは、同じく福島県塙町出身の相手と結婚し、2人の子どもに恵まれ主婦業を営むようになりました。

ところが、しばらくそんな生活を続けていると、ずっとこのままでは良くないと感じるようになったんです。子どもとだけ接する日々に、世間から疎外されている感覚を抱くようになり、「このまま歳をとってもいいのかな」という危機感がありました。

そこで、仕事を探し始めると、託児所付きで働ける紳士服を扱う企業を見つけたんです。求人の募集は無かったのですが、飛び込みで働かせてくださいと頼み込み、こんな強引な人初めてだと言われたものの、なんとか働かせてもらえることに決まりました。

27歳からの職場復帰は、お客さんの背広の修理のため、型をとって裁断するパタンナーの仕事だったのですが、和裁の仕事をやっていた分、細かい仕事は得意でしたね。客商売とは違った神経を使う面はありつつも、他の人にはできない仕事だったこともあり、仕事に対して評価をいただけることで自信もついていきました。人に負けたくないという思いが強い性格だったので、非常にやりがいのある環境でした。