手作り指輪で「想い」を身に着けてほしい。
紆余曲折を経た僕がたどり着いた場所。

「この仕事で感動する点は4つあるんですよ」と言いながら、お客さんが喜んでくれている時の姿を嬉しそうにお話する飯田さん。しかし、「人の幸せが自分の幸せ」と感じるようになるまでには、様々な経験がありました。

飯田 馨

いいだ かおる|ピュアリングプランナー
「感動と喜びを増やす」という理念のもと、結婚指輪&婚約指輪を自分で手作するための工房、東京浅草にある「リンプラ」の運営を行う。

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お金と自分のための選択


小さい頃から特にやりたいこともなく、高校時代はアルバイトばかりして過ごしていました。ただ、将来何をするにもお金がないとダメだと思っていたので、住み込みで働くことが多く、5年も働くとだいぶお金がたまる船長の仕事はうってつけだと思い、高校卒業後は船舶の専門学校に進学しました。

2年で卒業し、給料や勤務条件の良かった会社に船乗りとして就職したのですが、4ヵ月程で辞めることになってしまいました。そこでの仕事は、船に乗って何ヶ月も旅をするものではなく、タグボートという小型船に5人位で乗り、港に発着する船の誘導をするという仕事でしたが、とにかく上下関係の厳しい環境だったんです。

平日はタグボートの船内に泊まりこむのですが、下っぱの私は仕事の面だけではなく、プライベートでもいわゆる「パシリ」にされていたんです。「新入りはパシリ」という文化が根づいてしまっているので、自分には耐性がなく、精神を病んでしまい辞めることにしました。

それからは、BARの社員になろうとしたら手違いでお姉さんがいるお店の社員になっていたり、海の近くで働きたいと沖縄で働くものの、生活と稼ぎのバランスが取れずに関東に戻ってきたり、化粧品会社で飛び込み営業の仕事をするものの、結果が出ずに辞めることになったりと、色々なことを経験を積みながら、職を転々としていました。

すべて「この仕事がやりたい」というよりも、自分が送りたい生活やお金のための選択でしたね。

手に職を


化粧品会社を辞め、次の仕事を探していると「北は北海道から南は沖縄まで、出張生活!」というキャッチコピーの宝飾関係の仕事を見つけました。仕事でまた沖縄に行くチャンスだと思い、受けてみることにしました。するとなんとか補欠採用され、働けることになったんです。

そこでの仕事は、全国各地にあるそれぞれの地域で規模の大きい宝石屋さんと提携し、一緒にお得意様向け販売イベントを開き、各宝石屋さんに販売用の宝石を卸売するという仕事でした。

そのイベントはどこのお店も1年に1回、数日間のみ行うので、いつも違う地域に出張するという生活でしたね。常に新しい地で、しかも同じ地域で仕事をするのは1年後のため全く別のものになるので、この仕事は今までと比べて、かなりおもしろいと感じましたね。

それまでは長くて1年くらいしか働かなった僕が、7年以上働きました。

しかし、宝飾業界自体が衰退していたので、このまま安住してはダメだと思うようになったんです。また、その職場では、営業はずっと営業で別のキャリアを選択することができなかったので、自分はどんな方向に進みたいのか考えるために、会社を辞めることにしました。

半年ほど仕事をしない期間として色々なことを考えましたね。市場に流されないようになるためには何か手に職をつける必要があると思い、ものづくりに興味を持ち始めたり、資産運用、特にFXなんかもこの時期にやり始めました。

そして、ものづくりの力をつけるため、大手玩具メーカーの下請けをしている玩具工場で働き始めたのですが、半年ほどで工場が閉鎖されることになってしまったんです。メーカーが海外に工場を移している時期で、タイミングが悪かったのですが、「自分が働く場所が潰れる」ということの重みを感じましたね。

お客さんがかわいそう


それからは、独立して何かをやった方が良いんじゃないかと思うようになりましたね。とは言え、まずはお金を稼ぐ必要があると考え「ガッツさえあれば誰でも大丈夫」という謳い文句だった、地主向け資産運用の飛び込み営業を行う、上場企業に入社しました。

この会社は軍隊みたいに厳しい場所でしたが、自分自身も色々経験していたため、大変ではあるもののそれなりの結果を出しながら続けていました。成功哲学の研修や、飛び込み営業により、様々なことを学べる場でした。

しかし、職場の雰囲気は、正直最悪でしたね。同じ職場の同僚はみんなライバルで、いかに出しぬき、お客さんを奪うかばかり考えているんです。相談に乗っているふりをして情報収集し、お客さんのところに先回りして案件を取るなんてことは日常茶飯事でした。そうなると誰かに話しかけられても「情報収集のためだろ」と意識が働いて相手への信頼感もなく、人と話したいなんて思えなくなってくるんです。

しかも、お客さんをお金としか思っていないので、同じ人に対して何人もの営業担当が絶えず連絡をしていて、他の営業よりも早く「ハンコを押させるため」に早朝や深夜など、ありえない時間に家に行ってインターホンを押すんですよ。お客さんが本当にかわいそうだと感じ、どんなにお金をもらえてもこの環境には耐えられないと思い、辞めることにしました。

それまでは自分の中でお金への優先順位は高い方だったのですが、この職場で働いたことでお金は人を醜いものに変えてしまうんだと気づき、価値観が変わりましたね。

もっと「ありがとう」を


その後は、以前働いていた宝飾企業の先輩が独立して「宝石屋カフェ」を開いたので、アルバイトとして手伝いをすることにしました。

この時に、「手作り指輪」サービスに初めて携わったんです。これは、カップルが二人で結婚指輪をつくったり、プロポーズを控えた男性が婚約指輪を制作したりするもので、デザインを考えてもらうだけでなく、自分たちで削ったり加工してもらうし、僕たちはアドバイスはするものの、一切作業はしないポリシーを持つサービスです。

アルバイト時代はあまりこのサービスに携わらなかったのですが、先輩の宝石屋カフェが軌道に乗った頃に、以前勤めていた宝飾企業の、このサービスを事業として行っている部署に、出戻ることになりました。

事業として取り組むようになって、このサービスのお客さんは、前の事業で宝石を買ってくれる方と比較して、明らかに喜び方が違うと気づいたんです。最初は「ウェディング」という特別なタイミングだからだと思っていたのですが、自分たちの想いや価値観を、指輪という形にすること自体への喜びだと発見しました。

これがすごく衝撃的で、こんなに人に喜んでもらえることは今までなかったので、自分でも役に立つことができるんだと考えられるようになりました。もっと「ありがとう」と言われることがしたいと思うようになり、「人の幸せ」が自分にとって幸せなんだと、価値観が変わった瞬間でしたね。

語るための指輪


今は、この「手作り指輪」の価値を洗練させ、この価値が社会にとって必要とされているものだと証明するため、このサービスを専門に行うお店として独立しました。

「手作り指輪」は単にオリジナルの指輪をつくれるものではなく、人の価値観や想いを指輪という形に昇華していく、本質的なものだと考えています。単に流行りもので見せるための指輪ではなく、そこに込められたストーリーを語るための指輪なんですよね。

今の時代、結婚指輪とか婚約指輪とかって儀礼的なものになってしまい、本質的な意味が失われてしまっていると感じることがあります。多くの人が年を追う毎に指輪をしなくなっていきますが、本来は結婚指輪ってし続けるもので、ふと見た瞬間に安心感や愛情を感じられるものだと思うんです。

手作り指輪であれば、想いを込めて作られたものなので身に着け続けたいと思う力があり、指輪本来の価値を維持し続けることができると考えています。親が指輪をつけている姿を見て育った子どもには、その価値観が根付くと思いますしね。

将来はこの手作り指輪のサービスを通じて、世の中の人が潜在的に感じている「想いを形にして身に着ける」という心のよりどころになるような価値を、より多くの人に気づいてもらえたら良いなと思います。

2014.08.08

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