親が企業の海外事業部に務めていたこともあり、幼稚園の頃からイギリスで生活していました。向こうに行った当時は、現地の子ども達からもの珍しがられ、嫌でしたね。

小学校で日本に帰ってきたのですが、そこでも「英語をしゃべってみて!」と言われるんです。周りに合わせるため、わざと日本語みたいな発音でしゃべったのを覚えています。まるで隠れキリシタンのように、帰国子女であることを隠し、同質化しようと努力していました。心の中はモヤモヤしているのに、表面は合わせるので、空気を読むのは得意になりましたね。

そんな背景もあり、若干親の仕事で振り回されたような感覚を持っていたため、自分は、腕一本でやっていけるプロフェッショナルになろうと、中学を卒業する頃には、漠然と国際弁護士を目指すようになったんです。

そう決めてからは、逆算で学校を決めていき、私立高校を経て東京大学へ進学しました。本当は法学部にあたる文化一類を目指していたのですが、現役時にやや受験を舐めていて(笑)失敗してしまったこともあり、 一浪した後で、文化二類になんとか入ることができました。