茨城県日立市で生まれました。小さい頃から、ご飯や飲み物を作ったり、友達とままごとで遊ぶのが大好きでした。家にコーヒーミルが置いてあり、自分で豆を挽いてコーヒーを淹れていました。苦くておいしいとは思いませんでしたが、大人っぽい雰囲気に惹かれていたんです。

コーヒーの他には、サッカーが好きでした。体が大きくて運動は得意でした。勉強もできたので、クラスの人気者でしたね。子どもだったこともあり、まるで自分がスーパースターになったかのような気分でした。

ところが、中学生になり、みんなの関心が音楽やテレビ、漫画などに移ると、注目されなくなりました。それまでチヤホヤされていた分、急に人が離れていくように感じて、強い不安に襲われました。みんなに好かれようと、テレビを観まくって話題に着いていこうとしたり、八方美人に振る舞ったり。友達付き合いはうまくやっていましたが、常に人目を気にして気を遣っていましたし、人と深いところで繋がれない感覚がありました。

中学時代は、喫茶店通いにはまりました。近所のダイニングバーのオーナーに、自分の店を持つにはどうしたらいいのか、しょっちゅう聞いていましたね。学校をさぼっては、いろんな純喫茶に通いました。お店独特の世界観を楽しみながら、いつか僕もこんなお店を出したいと思うようになりました。

高校でもサッカーを続けていたのですが、怪我に悩まされました。一軍に上がった途端に靭帯を痛める大怪我をして、3カ月休むことになったんです。さらに、復帰後の試合では剥離骨折。さすがにサッカーをやめようと思いましたが、「苦しい中でも何かできることをしよう」と気持ちを切り替え、体づくりに打ち込みました。

それが功を奏して、プレーでは当たり負けをしなくなり、ボールをキープできるようになりました。監督に褒められたときは嬉しかったですね。苦しいときでもポジティブでいれば、結果が出るとわかりました。

高校卒業後は、地元を出て都会の大学に進もうと考えていました。日立は急速に過疎化が進んでいて、こんな寂れた街に面白いことなんて何もないと思ったんです。もっと広い世界に出てから自分の生き方を決めたい。海外にも行きたい。そう考えて、国際系の学部を中心に、東京や関西の大学を志望しました。