「絶対にできる」と信じて。 オーガニックを通して消費者への責任を果たす。

長野県伊那市で、リンゴとモモとスモモをオーガニックで育てる白鳥さん。スモモでは国内初、モモで国内2人目、リンゴで国内3人目として、3種類とも有機JAS認証を取得しています。子どもの頃は農業をやりたくないと思っていた白鳥さんが、有機農業に取り組むようになった背景にはどのような想いがあるのでしょうか。お話を伺いました。

白鳥 昇

しらとり のぼる|有機果樹農家
長野県伊那市で有機果樹農園を営む。リンゴ、モモ、スモモで、日本最難関といわれる果物の有機JAS認証を取得。 ※写真提供:岩澤深芳

華やかな世界への憧れ


愛知県の名古屋市で生まれました。控えめな性格で、生き物や自然が大好きでした。釣りやキャンプに出かけていましたね。

10歳のとき、父方の実家である長野県伊那市に引っ越してきました。来たばかりの頃は、厳しい寒さに驚きました。すごく古い家だったので、隙間から冷気が入ってくるんですよ。布団が寝息で凍るくらい。お風呂の扉が凍って出られないなんてこともありました。

でも、自然を満喫できたのは嬉しかったですね。釣りも好きなだけできたし、家の前に池を掘って魚を泳がせたりしました。鳥もたくさん飼いましたね。にわとりやホロホロ鳥、キジなど、鳥だらけでした。伊那に来てからは、生き物や自然に触れ合って遊ぶのが日常でした。

引っ越してから、父がリンゴ農園を始めました。父は研究者で、微生物とミネラルの有効活用による農業と畜産の効率化を指導するのが本業でした。全国を回り、有機農業の第一人者の方々と討論をする中で、自分でもやってみようと思ったらしく、研究の一環のような形で兼業農家になったんです。

周りでは、有機農業をしている人なんていませんでした。そんな中、父は化学肥料や除草剤を一切使わないリンゴ作りに挑戦し始めたんです。農薬の代わりに、とんでもない量の炭と麦飯石、牡蠣殻を使って土作りを行いました。

人出が足りなかったので、僕も手伝わされました。学校から帰ったらいつも手伝いです。あまりに大変で、農業が大っ嫌いになりました。将来は、農業だけは絶対にやりたくないと思いましたね。ちょうどバブルの頃だったので、なおさら華やかな世界に憧れまして。結局、高校卒業後は東京で就職しました。

結局、できるのは農業しかない


東京では、印刷関係の仕事を始めたのですが、すごく忙しかったです。あまりにきつくて、体を壊してしまいました。大腸炎でした。トイレで血を見たときに、さすがに耐えられないと思い、伊那へ帰ることを決めました。

伊那に帰ってからも、いくつかの会社で働きました。でも結局、上手くいきませんでした。すぐに、嫌になっちゃうんです。面接では気に入ってもらって採用されるんですけど、いざ働くと自分の心がついていかないんです。

やりたいことがなくなったときに、僕にできるのは農業を手伝うことしかないと思いました。自分の中で、それしか選択肢がありませんでした。

25歳のとき、農業が本業になりました。父からは、有機農業に関わるならその前にまずは一般的な農業を知った方がいいと言われて、イチゴの栽培をすることにしました。ただ、農薬を使っていることに違和感がありました。

数年経って自分の中での違和感が限界を迎えたあるとき、父の無農薬リンゴの取引先の人から「何やってるんだ」と言われました。「あの親父の子なら、無農薬でやってみろ」と。その言葉に背中を押されて、農業を始めて6年目に有機イチゴ農家として独立しました。

できるとしか思えない


イチゴ作りは、病気と虫との戦いです。僕の農園では、化学薬品は使わずに微生物の力で制御していました。

1年目は、とにかく微生物を買って農園に撒きました。イチゴの天敵になるダニを食べてくれるダニや、アブラムシを食べてくれるてんとう虫、スリップス類を食べてくれる寄生蜂などが、生物農薬として売られているんです。

2年目は、生物農薬の動きを活発にするための環境を整えました。すると、化学農薬なしで美味しいイチゴができたんですよね。

農薬を使っていないから、子どもたちにも自信を持って「食べていいよ」と言えます。それは本当に嬉しかったです。

だけど、経営は成り立ちませんでしたね。1袋何万円もする微生物を何十袋も買っていたので、破綻してしまったんです。

イチゴの栽培からは手を引き、実家の農園での再出発を決めたのですが、改めて父の農園を見て驚きました。害虫とされるダニを食べる天敵のダニも、アブラムシを食べるてんとう虫も寄生蜂も、みんな普通に生息しているんです。何百万も払って買っていた生物が、そこら中にうじゃうじゃいました。

それを見て、ここでなら生物農薬を買わずに有機栽培ができると確信しました。

ところが、実際に始めてみると、簡単にはいきません。特に厄介だったのが、病気の対策です。虫の対策は、昆虫の発生のリズムを把握すればどうにかなりましたが、病気だけはどうにもなりません。いろんなことを試しましたが、うまくいきませんでした。

何年か挑戦を続けたのですが、家族を養う余裕がなくなり、農業をやめて会社に勤めることにしました。それでも、まだ無農薬でリンゴやモモを作れると信じていました。周りからはアホだと思われるかもしれないけど、病気さえ抑えることができれば絶対にできるという確信があったんです。

結局、数年してまた無農薬のリンゴ作りに戻ることにしました。会社での経験は、品質管理やプロセス管理など、農業にいかせることがたくさんありました。まるで、また農業を始めるための学ぶ機会をもらっているような感覚でした。今度こそなんとかしようと思い、リンゴ作りに戻りました。

果樹園を手放す覚悟


確信があるからといって、うまくいくわけではありません。実際、厳しい時期が続きました。2015年から2年間、モモとスモモは全滅。リンゴも300キロほどしか採れませんでした。

慣行栽培なら、30トンほどは収穫できる広さで、300キロしか採れないんです。100分の1。本当に絶望しました。畑一面全て病気になって、葉っぱがぼろぼろに落ちて。全部枯れるかと思いましたし、むしろ枯れないのが奇跡だと思うくらいの惨状でした。

父が長年かけて作った環境も壊してしまって。野菜だったら畑にトラクターをかけて仕切り直せるけど、リンゴやモモは樹だから、簡単にはやり直せません。どうしていいかわからず、途方にくれました。

それでも、やるしかありません。2017年は、ダメだったら果樹園を手放す覚悟で臨みました。

病気を抑えるのに微生物だけでは限界がある。有機農法で使用が許されている資材を使うことで、状況は大きく改善されました。実どころか葉も全て枯れ落ちていたモモとスモモは、収穫までこぎつけましたし、リンゴも去年よりは病気を抑えられて、収穫量が増えました。大きな前進です。

草刈りの手間を減らすために羊を飼い始めたのも良かったです。オーガニックで栽培するには、草を刈るタイミングはとても重要です。根元から刈ると生物が暮らす環境への影響が大きすぎますし、伸びすぎると病気と虫の温床になってしまいます。ある程度の生物が生きられつつ、爆発しない程度に制御が必要。丁寧に草刈りをするのは本当に手間がかかります。

でも、羊がいれば、ちょうど良い具合に草を食べてくれるんです。それまで10回はやっていた草刈りが2回になって、負担はかなり減りました。

やっぱり、やり方次第でオーガニックでできるんです。リンゴの慣行栽培では、年に37回農薬を撒いていますが、そんなことしなくてもリンゴはできる。だったら、農薬回数0で作りたい。純粋にそんな気持ちで、オーガニックを続けています。

日本で3人目の有機JAS認証


今年はリンゴの有機JAS認証も取りました。果樹で有機JAS認証を取るのは難しく、スモモでの認証取得は国内初、モモは2人目、リンゴは3人目です。

もともと農薬を使っていなかったので、農薬使用回数や化学肥料の使用量が一定以下であることを示す特別栽培農産物のガイドラインは取得していました。ただ、それだけでは、自分たちの生産方法を表現するには不十分です。

有機栽培で作られた野菜を求める人は、病気の治療中の方など、切実な思いを持つ方も多くいます。そういった消費者に対して、栽培方法を分かりやすく説明する責任があります。白鳥農園では化学肥料や化学農薬や使っていないので、それを消費者に正確に説明できる状態にしようと考え、有機JAS認証を取ることにしたんです。

今後は、収量を上げつつ手間を減らし、有機栽培のリンゴを本当に必要としている人に届くようにしたいですね。今の収穫量は、農薬を使った慣行栽培の100分の1。つまり、100倍の値段をつけないと継続できない状況です。

100倍の値段のリンゴなんて、誰も買わないじゃないですか。慣行栽培ですら儲からないから後継者がいないのに、手間がかかる有機栽培が儲からなかったら、誰もやらなくなってしまいます。有機栽培を次の世代に繋げるためにも、手間をかけずに儲かる仕組みが必要です。

最近、地元や東京にいる仲間と一緒に、有機栽培で育てたリンゴを販売するため新しい取り組みも始めました。生食だけでなく、リンゴの発酵酒であるシードルとして販売することも決まりました。また、生育途中で間引きされてしまう実を商品化できないかという話も進んでいます。従来のやり方に縛られず、いろんなことを試したいですね。

また、消費者の方と一緒になって、作物の本当の価値は何かを考えることも必要ではないかと思っています。リンゴもそうですが、作物は見た目の綺麗さにこだわって価格がつけられることが多いのですが、見た目と味は必ずしも一致しません。鳥とか羊とか、人間以外の動物は、虫食いリンゴだって平気で食べますよね。どうして人間だけが綺麗なものを食べたがるのか。見た目の綺麗さを叶えるために農薬が使われているけど、本当に大切なのってそこじゃないような気がします。

作り手と買い手、双方の歩み寄ることで、作物と生物が共生する農園を100年後にも残していけたらと思います。

2018.02.27

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