滋賀県高島市で生まれ、山、川、田んぼ、湖に囲まれた自然豊かな場所で育ちました。実家は兼業農家でした。

2人きょうだいで、一つ歳下の弟がいます。弟は2歳のとき、腎臓病を患いました。地元には、弟の病気を治療できるような病院がなかったので、遠方の大きな病院に入院しました。入退院を繰り返し、家族は彼にかかりっきりでした。

両親、祖父母の愛情は全て弟に注がれていましたが、やっかむ気持ちはありませんでした。弟はとても大事な存在でしたし、普通の生活を送れず、むしろ私は何をしてあげられるんだろうと思っていました。

両親が弟に100%集中できるような環境を作らなければと、物分りの良い子になるよう努めました。わがままは言わず、お手伝いもして、テストは常に満点、成績は常に最高位。読書感想文や習字で入賞して、家の壁には賞状が収まりきらないほど貼ってありました。「よく頑張ったね」って褒められたくて行動していたんだと思います。そんな背景からか、自分のことは自分で判断することが多く、誰かに相談したり、甘えたりすることには慣れていませんでした。

学校では、仕切りたがり屋な性格でした。学級委員や文化祭の実行委員を担い、リーダーとして人をまとめることが多かったです。

高校卒業後は、東京に出ることを決めていました。未知なる世界に対する好奇心が強く、今の延長線ではない、新しい出会いがすべてという世界に行きたかったんです。いつか海外も行きたいと思っていたので、英語を学ぶため外国語学部への進学を直感で決めました。

両親は反対しませんでしたが、条件を出しました。向こう見ずな性格を知ってか、見知らぬ土地でいきなり一人暮らしはさすがにリスクだと思われ、寮生活ができる大学を選ぶこと。受験の手配から移動まで全て自分でやること。小さい頃から全部自分で決めて動いてきたので、不安は全くありませんでした。それよりも、生まれて初めて東京に行けることにワクワクしていました。

受験前日に新幹線で東京に降り立ちました。大学の下見をするわけでもなく、憧れの地「原宿」に遊びに行くような受験生でしたが、無事に大学に合格。念願叶って上京することになりました。