僕だからできることを大切に。
まだ見ぬ未来の街づくりに挑戦したい。

森ビル株式会社で、イベント企画やブランディング活動などを通じて、虎ノ門ヒルズエリアの活性化を進める中さん。六本木ヒルズの夏祭りで企業と地域が一体となる光景を見たことをきっかけに、様々な仕事を経験しながら都市の再開発事業に携わってきました。終わりのない「未来の街づくり」に込める中さんの想いとは。お話を伺います。

中 裕樹

なか ひろき|エリアマネジメント・イベント企画・ブランディング
森ビル タウンマネジメント事業部 虎ノ門ヒルズエリア運営グループリーダー。

「社会」について学ばないといけない


東京都東久留米市で生まれ、小学校からは埼玉で暮らしました。子どもの頃から要領は良かったものの、勉強やスポーツ、趣味などで、飛びぬけて得意なことや好きなことはありませんでしたね。中学ではバスケ部に入るも、努力しているつもりが、ずっとレギュラーにはなれなくて。自分には向いてないなと諦めてしまいました。

高校は、英語を勉強したくて英語科に入りました。部活には入らず、文化祭実行委員をしました。生徒数が700人近くいて、勉強もスポーツも盛んだったので、運動系の部活に入っても活躍できる可能性は低いだろうと思ったからです。とはいえ、勉強だけになるのは嫌で、文化祭実行委員会なら気軽にできそうでした。空気が自分に合っていたのか、楽しんで活動しましたね。

2年生のときに、オーストラリアにホームステイをしました。英語を話せると楽しみにしていたのですが、実際に話してみるとその内容は想像していたものと全く違いました。現地の人から「オーストラリアにはこんな社会システムがあるけど、日本はどうなの?」って聞かれて、全然わからなくて、何も答えられませんでした。

自分は日本のことを何も知らないんだと思い知らされましたね。英語が話せても内容を考えられなきゃ意味がなかったんです。高校卒業後は、大学でもっと社会について学びたいと思い、文系学部の中で一番幅広く学べそうだと感じた経済学部に進むことにしました。両親やホームステイ先が公務員だったことにも影響を受けたのかもしれません。お金を稼ぐことよりも誰かのために働くことを一番に考えていたので、僕も自然とそう考えるようになって、社会システムに興味を持ち始めましたね。

六本木ヒルズの夏祭りで見た光景


大学では、勉強はもちろんのこと、学生生活を楽しみたいと思って、サークルを探しました。人気のテニスやバトミントンサークルを見にいくも、テンションが高すぎて自分には合わない。そこで目に入ったのが、スカッシュでした。2人のプレーヤーが正面の壁に向かってボールを交互に打ち合うスポーツです。メンバーも落ち着いていて、ゆったりした雰囲気が好きな自分にはちょうどいいなと思いました。

ゼミでは、情報通信産業を研究しました。古くから研究されてきた分野よりも、まだ新しい情報通信の分野なら、何かチャンスがあるかもしれないと考えたからです。教授の研究書籍に、僕も研究内容を執筆するなど、貴重な経験ができました。

大学3年になり、就職活動を始めると、当時勢いがあったベンチャー企業を中心に受けて回りました。伸びている会社に入れば、僕もすごくレベルアップできると思ったんです。でも、周りの学生は、3年で起業するとか、25歳までに一人前になるとか、どこかでチャレンジする、みたいな人ばっかりで。刺激を受ける環境だとは思ったのですが、自分自身がそうなるイメージは持っていなかったので、なんとなくマインドが合わない気がしました。

そんな時、不動産会社で働く先輩からOB訪問に誘われました。高層ビルのオフィスでコーヒーを飲みながら、先輩がガラスの向こうに広がる街を見渡して、「街づくりの仕事はいいぞ」と言うんです。なんかかっこいいって思うじゃないですか。

それからは、不動産の開発事業を担うディベロッパーの仕事を考えはじめました。2000年代前半からのマンションブームで、年々ディベロッパーの需要が高まっていたので、就活には良い時期で、最終的に、先輩の会社含めた数社から内定をもらいました。

どこに入社しようか悩んでた時、六本木ヒルズの夏祭りに行く機会がありました。そこで目にしたのは、六本木ヒルズのお店はもちろん、地元の方々、来街したお年寄りや家族連れとか、老若男女が集まって、日本伝統の祭り「大田楽」を六本木ヒルズオリジナルにアレンジした「六本木楽」を楽しんでいる光景。六本木のビジネス街のイメージとは大きく違ったので、すごく驚きました。そこでは、六本木ヒルズなどを運営する森ビルも一緒になって地域の祭りを盛り上げていました。社員も地域の人たちも、表情がすごく良くて、印象的でしたね。こういう地域の活動に熱心に取り組める会社だったら、想いをもって長く働けるって思いました。

他の不動産会社からは、「こっちのほうが給料いいぞ」とか言われたりもしましたが、街への想いを持って働ける方がいいなと思ったんです。最終的にそれが決め手となり、森ビルへの入社を決めました。

自分はなにもできていなかった


入社1年目は、数カ月の新人研修の後で、オフィスビル賃貸の事務部門に配属されました。賃貸ビルのテナントに請求書を発行したり、水光熱費を計算したりする部署です。

しばらくして、目の前の仕事をこなすことはできるようになったものの、何となくモヤモヤを感じるようになりました。チームで取り組む街づくりはとても大切な業務だとわかっていたものの、個人として街づくりの壮大なプロジェクトの前線でチャレンジできるような仕事をしたい、もっと自分の可能性を高めたい、と思うようになりました。

1年目の秋頃、リーマンショックが起こりました。世界的な金融危機で不動産の市場が停滞する中、社内にも緊張感が漂っていました。私自身もその前線で働きたいという感覚が募ってきて、色んな部署の先輩などに相談していました。

僕の訴えが通じたのかはわかりませんが、2年目はオフィス事業部の営業推進部に異動になりました。新設されたオフィス事業の営業戦略を立てる部署です。リーマンショックの影響で、やることが盛りだくさんでした。

ところが、いざ新しい仕事で忙しくなると、全然追いつけないんですよ。そこで初めて、自分は何もできないんだって思い知りました。ルーティン業務をこなすだけで、仕事ができる気になって、調子に乗っていたんです。それからは、目の前の業務をひたすらこなすようになりました。不動産や営業先のリサーチ、内覧会の実施やパンフレットの制作、予算の策定など、さまざまな業務を通じて仕事の基礎を叩き込まれましたね。

仕事は自分でつくるもの


営業推進部で2年半働いたあと、開発統括部用地企画部に異動し、再開発事業推進のための不動産売買に携わりました。将来の再開発につながる土地を見つける、開発事業の仕込みに当たる業務です。

異動が決まったとき、内心はとても緊張していました。社内でも厳しいイメージの部署で、実際に異動してみても、緊張感のある雰囲気でした。はじめは不動産の専門用語も坪単価の相場もわからなかったので、これじゃ仕事にならないと必死に勉強しました。

大変なところにきてしまったと思いながら仕事していましたね。でも、2年、3年と不動産売買を経験するうちに、緊張感が必要な部署だとわかりました。扱う金額が大きい不動産の取引では、失敗すれば、とんでもない損失につながります。下手をすれば詐欺にあう可能性だってあります。だからこそ、ひとつひとつに間違いや見落としがないよう厳しく物事を進めないといけません。

雰囲気だけでなく、仕事への考え方も大きく変わりましたね。それまでは、どこか与えられた案件をとりあえずこなしていたような気がします。でもその部署では、明確な答えがない中で、どう仕込めば物事がどう進むのか、自分で模索しないといけません。上司の影響もあり、改めて仕事は自分で作るものだと気づかされたんです。

とはいえ、異動して3年が経つ頃には、不動産売買の仕事をこのまま続けるべきか迷いも出てきました。もともとエリアを活性化する仕事をしたかったので、もう少しチャレンジしたいと感じていたんです。

入社7年目、念願のタウンマネジメント事業部への異動が決まりました。虎ノ門ヒルズ開業と同年に開通した新虎通りを含めたエリア一帯のブランディングやプロモーション活動を通して、街の活性化を進める仕事です。

ちょうどタウンマネジメント事業部へ異動する頃に、虎ノ門ヒルズが完成し、活気のなかった虎ノ門エリアに注目が集まっていました。毎月、大小様々なイベントを開催していて、そのスピード感には圧倒されましたね。以前の不動産売買の仕事では、売買が終わった段階でその成果は具体的に目に見えません。それが、タウンマネジメントの仕事では、イベントに訪れたお客さんが喜び、街が盛り上がる様子を間近に見ることができる。すごくやりがいを感じました。

自分だからできる未来の街づくりを


現在は、森ビルのタウンマネジメント事業部で虎ノ門ヒルズエリア運営グループのリーダーをしています。「東京を世界一の都市にする」という森ビル全体のミッションのもと、新虎通りを含めた虎ノ門ヒルズエリア一帯の魅力を向上させる施策を考え、広い視野で街全体をプロデュースしています。

都市づくりとは、人々の営みを想像し、よりよい未来を形にすること。そして完成後も時代にフィットするよう、常に進化・成熟させていくこと。この両輪が揃って初めて人々が集う磁力が発揮されます。森ビルの都市づくりのヴィジョンのもと、「都市を創り、都市を育む」仕事を通じて、人々や企業を元気にするのが私たちの社会的使命です。

街の新しいライフスタイルの取り組みとして、虎ノ門ヒルズのオーバル広場でヨガを開催しています。他にもビアガーデン、花のマーケットなど、若者や女性たちが集まるための施策を打ち出し、ビジネス街のイメージを一新しようとしています。

新虎通りは、自治体や企業、地域の人々と協力しながら、「東京のシンボルストリート」を目指して、様々な企画を実施しています。東日本大震災後に東北で始まった「東北六魂祭」という6つの祭りを一堂に会した「東京 新虎祭り」の開催、広い歩道上に建築物を設け、地方の文化を発信する「旅する新虎マーケット」や、道路に背中を向けて建つビルの壁を利用したアートプロジェクト「TOKYO MURAL PROJECT」なども実施しています。

虎ノ門エリアはこれからさらに開発が進んでいきます。まずは2020年に向けて、ここをどう盛り上げていくかが大きな課題です。僕たちの企画は単発で終わるのではなく、ひとつひとつが積み重なって街づくりに繋がっています。都市開発の大きなビジョンのもと、未来を担う仕事ができることが嬉しいですね。人が喜ぶ姿をこの目で見られることにやりがいを感じています。

都市開発に最終的なゴールや答えはないと思っています。僕たちの仕事では「未来」という言葉がよく出てきます。でも、「未来」は常に先にあるわけですから、「ここが到達点」ってところはないと思うんです。じゃあ僕たちが目指す「未来」ってなんだろうと、日々模索しながら、様々なプロジェクトを運営しています。

1つ1つの積み重ねの中で、自分だからできることをしようと思うんです。僕が今までやってきたこと、今置かれている立場や持っているつながり、成果を求められている中で、できることがあるはずです。ボランティア活動など、仕事以外でも多様な視点を持つ人と繋がり、組み合わさって新しいことが生まれる気がするんです。僕だからできることを大切に、未来の街づくりに挑戦していきたいですね。

2018.01.11

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