作業じゃない、新しいことが好き。
子どもたちの世代に利尻の漁業を残すために。

蝦名 隆史さん/漁師

はてぶ

北海道の利尻島にて、漁師をしながら潜水士としての仕事も行う蝦名さん。青森で生まれた蝦名さんが利尻島で漁師になった背景とはどんなものだったのでしょうか。次世代まで続く漁業を実現させるために、どのようなことを考えているのか。お話を伺いました。

高校を中退してフラフラして過ごす

青森県弘前市で生まれました。兄と姉がいる三男です。父がダイビングショップをやっていて、小さい頃からシュノーケリングとかダイビングをしていました。ただ、呼吸の仕方が難しくて、酸欠で頭が痛くなっちゃうので、あんまり好きじゃなかったですね。

自然が豊かな土地で育ったので、遊びといえば外でした。小学生の頃に始めた野球に夢中になりましたね。

野球は結構うまくて、先輩に混ざって試合に出ました。でも、自分が6年生になると途端に面白くなくなっちゃいました。先輩がいないのが退屈なんです。自分よりうまい人がいる状況で、どうやったらもっとうまくなれるかを考えている方が面白いんです。あとは、チームスポーツだと、いくら自分が頑張っても他の人がミスしたら負けちゃうのも嫌でしたね。

その頃から、先輩の影響を受けてやんちゃするようになりました。少なくとも、真面目な方ではなくなりました。先輩と麻雀をやったり、原付自転車で遊んだり、そんな感じです。

中学2年生のときには新聞配達のアルバイトを始めました。最初は、スノーボードを買うお金がほしくて、夕方の新聞配達を手伝いました。次第に、お金を稼ぐのが面白くて朝刊の配達もやるようになりました。

自分でお金も稼げるので、勉強する意味は分かりませんでしたね。高校には一応進学したんですが、1週間くらいでやめました。それからは、仕事を転々としました。居酒屋や解体屋で働きましたが、長続きしませんでした。上から命令されるのが好きじゃないですし、複数の上司に別の指示をされるのがよくわかんなかったです。

やりたい仕事もありませんでしたね。将来のことを考えることもなくて。とにかく、毎日をこなしているだけでした。

できないことに挑戦するのが好き

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