長崎県佐世保市の離島、宇久島に生まれました。実家は島内で牛飼い農家をしていて、親父が全体の管理や餌やりを、母親が子牛にミルクをやっていました。繁殖農家で、生まれた子牛がある程度大きくなったら、競りにかけて売る商売です。

僕も小学生のときは、祖父や祖母と一緒に両親の手伝いをしに牛舎へ遊びに行っていました。でも、小学校高学年くらいから、手伝いをするのが嫌になってきました。

機械があまり使われていなくて、労働力は人間の力のみって感じで。普通ならパワーショベルとかを使うような重労働を、ひたすらスコップでやらされていました。

体力的にきついし、親から厳しく指示されることも多かったです。牛が食べるための飼料米も植えていたので、稲刈りのときは全身が痒くなったりして、それが嫌で嫌で。中学生くらいになると、何かにつけて部活だ勉強だと言って家の手伝いから逃げていました。牛飼いなんて、絶対にやりたくないって思ってましたね。

自分は長男ですが、親から実家を継げとか言われることはなかったので、牛飼いにはならないと考えていました。ただ、牛は結構好きだったので、将来は獣医になりたいと思っていました。島内は牛だらけでしたし、何となくなりたいなという、ぼんやりしたイメージです。他になりたいと思うものはなかったですね。

獣医になって、いつか島に戻って開業したいと思っていました。島で獣医として食べていくのは難しいんですけど、もしできるのであれば開業して、親が引退する頃には家の仕事もできたらと。