一度きりの人生、やらない後悔はしない。後ろ向きな島への移住で、気づいた魅力。

鹿児島の竹島にて、肉用牛の繁殖農家をしている下茂さん。夫が島に移住すると話した時、最初は反対したそうです。しかし、今では移住して本当に良かったと感じていて、一生住む気でいるとか。島で暮らすことの、何が良かったのか。お話を伺いました。

下茂 礼子

しも れいこ|肉用牛の繁殖
竹島にて、肉用牛の繁殖を行う。

幼稚園の先生になりたかった


鹿児島県いちき市(いちき串木野市)で生まれました。4人の兄と姉がいる末っ子です。活発な子どもで、いつも放課後は家の前を流れる川で友達と遊んでいましたね。地元が大好きで、都会に出たいとは思いませんでした。町はたまに遊びに行ければいいと。

実家は農家で、牛も飼っていました。小さい頃から手伝いばかりさせれていいました。土曜日とか、学校が終わって家に帰ると置き手紙があります。畑の場所が指定され、作業内容が書いてあるんです。友達と遊びたいのに、田んぼで作業しなければならないのは嫌でしたね。

また、泥だらけになって作業する農家を恥ずかしいとも思っていました。親のことは大好きでしたが、大人になっても農家の嫁にだけはなりたくないと思っていましたね。どちらかと言えば、都会的な団地妻になりたいなんて思い描いていました。

仕事は、幼稚園の先生をやりたいと思っていました。自分が通っていた幼稚園が大好きだったんです。特に、園長先生が好きでした。誰にでも平等に接してくれて、穏やかなんですよ。叱られたこともあったと思いますが、優しかった印象しかないです。それで、高校卒業後は地元の短大に進み、児童教育について勉強しました。

ただ、実習に行った時に責任感に押しつぶされそうになって、幼稚園の先生になるのはやめることにしました。

私の通っていた幼稚園は、町の中心にあった割には、結構遠くから子どもが通っていました。幼稚園生が3キロ4キロとか歩いて通っているんです。先生たちは途中までしか送らないので、別れた後はみんな自分たちだけで帰ります。迎えに来てくれる保護者もいますし、自分が園児の時はなんとも思わなかったんですけど、子どもが大きな国道沿いをひとりで歩いて帰るのを見るのは胸が痛くて。

さようならって言って帰した後に、万が一何かあったとき、私はどう思うんだろ。その責任感に耐えられないなということに気づいて。私はこの幼稚園では働けないと思い、諦めることにしたんです。他の幼稚園で働くことは考えられませんでした。

嫌だと思っていた農家との出会い


幼稚園の先生になる夢を諦めた後は、鹿児島市内でブライダル関係の会社に就職しました。人の幸せに触れられる仕事っていいなと思ったんです。

ただ、そこは2ヶ月で辞めました。入社した年の6月に友達の結婚式に招待されて、勉強も兼ねて行こうと思って上司に相談したら、「6月の繁忙期に何を考えているんだ」って怒られたんです。繁忙期の週末に休みを与えられるかって。遊びにいくわけではないし、勉強もさせてくれないような職場なら続けても意味がないと思って、すぐに辞めました。

迷いはなかったです。ただ、仕事をしないでブラブラするのは嫌だったので、すぐにアルバイトを始めて、自分の生活は成り立たせていました。しばらく鹿児島市内で過ごし、2年ほどして地元に戻りました。

その後、夫と出会い結婚しました。夫は畜産農家でした。私が絶対になりたくないと思っていた農家です。でも、出会ったときに、夫が「俺の仕事を見せるわ」みたいな感じで牛舎に連れて行ってくれて、それがめちゃくちゃかっこよかったんです。

200頭くらいいる牛舎で、手際よく仕事をしていて。実家が同じ畜産をやっていたので、その凄さがよく分かるんですよね。しかも、夫は私と同い年。私は、農業は嫌だとか団地妻になりたいとか、浅はかなことを考えていた青二才なのに、同級生でこんなに頑張っている人がいるというのが驚きで。生き物を飼っているので自由な時間はなくなりますけど、そんなことどうでも良くて、頑張って一緒に盛り立てていきたいと思ったんです。

夫の農家は、牛の繁殖から肥育まで行い、食用牛を出荷する一貫経営を行っていました。規模が大きかったので大変でしたね。餌やりなど時間がかかるなので、朝早くに起きて仕事を始めるんですけど、夫の父に「いつまで寝てるんだ」と怒られたり。後を継がせたとはいえ、結構な規模だったので、不安だったんでしょうね。牛だけじゃなくて、田んぼも牧草地もやっていたので、とにかく毎日の仕事で必死でした。自分たちの生活のことしか考えられなかったですね。

やらない後悔はしない


必死な生活を10年ほど送っていた時、突然、夫が「離島に移住したいんだけど」と言ったんです。寝耳に水でした。そんな話、それまで一度も聞いたことがありませんでしたから。

話を聞くと、夫は牛を牛舎で飼うのではなく、放牧したかったそうです。放牧のほうが牛のストレスが少ないと言われていますし、餌あげもだいぶ楽になります。専門学校時代の先生に胸中を話したところ、離島での放牧を勧められたみたいです。それでスイッチが入っちゃったんでしょうね。「下見に行ってくるから、しばらく牛を見ててくれ」と言われました。

夫は鹿児島の離島、三島村というところに行ってきて、その中の一つ、竹島に移住したいと話しました。最初は賛成はできませんでした。子どもが保育園に通っていて、後1年で年長になる年。その保育園で年長になるとできる和太鼓は、子どもたちの憧れなんです。うちの子も楽しみにしていたので、あと1年待てないかと言ったんですが、夫は「今が転機だから、とにかく1回下見に行ってくれ」と言うんです。

とりあえず、子どもと一緒に竹島に下見に来ました。正直、ピンとは来ませんでした。バーベキューで島民に歓迎してもらい、みんないい人だとは思ったんですけど、長い間船に乗るのも大変だし、離島ってかなり田舎なんです。

でも、交渉しても無駄なのは分かっていました。夫は、物事を口にだす時は、自分の心の中で決まっている時なんですよね。私は、夫の選択に対して文句を言おうとは思いません。結婚しても私の人生は私の人生だし、夫の人生は夫の人生。1回きりの人生、やらなくて後悔することがないようにしようと、常日頃から話していましたから。どっちに転んでも後悔する可能性があるなら、やるというタイプなんです。

それで、竹島に移住しました。決して前向きな移住ではありませんでしたが、来てすぐに本当に良かったと思いました。まず、人が本当に温かいんです。引っ越し初日から、荷物だらけの部屋でご飯も作れないのを見て、近所の人がご飯を作ってきてくれたんです。なんて温かいんだと思いましたね。荷解きも住民のみんなが手伝ってくれて、あっという間に終わりました。結束力というか、人の気持ちが力強い島だなって思いました。

また、子どもたちはすぐに島に適応しました。子どもにとって、場所はどこでもよくて、環境が大事なんだなって気づきました。島に来るのが不安な私は、子どもを言い訳にしていたんだなって分かりました。

竹島は子育てに安心の島


現在は、竹島に移住して6年ほど経ちます。島に来てから、牛の一貫経営はやめて、肉用牛の繁殖に特化しています。母牛に子どもを産ませ、ある程度大きくなったところで出荷します。競りの時は鹿児島まで出る必要があるので、私か夫のどちらかが行き、どちらかが子どもたちの面倒を見ています。そういう時は、子どもも協力して家のことを回します。島には高校はなく15歳になれば島立ちしますから、その準備のようなものですね。

小学生のふたりの子どもにとって、竹島は本当にいい環境だと思います。学校は少人数、復学式の学級です。みんな仲がよくていじめなんてないし、先生も丁寧です。信号がひとつもないような島ですが、周りの人たちは子どもがいるのを分かって車をゆっくり走らせてくれますし、子育てには安心で、いいことだけですよ。

移住したての頃は、生活のリズムになれるまで苦労しました。船が週に3便しかないので、買い物のタイミングを間違えると、食料のストックがなくなって困ることもあります。船は欠航する可能性もあるので、祝い事の時に間違えると、大事なものが届かなかったりもします。それでも、2年もすれば不便は感じなくなりましたね。

竹島の人口は80名程度なので、もっと増えてほしいという思いはあります。やっぱり、子どもに同級生がいないと寂しいですし、子どもが多ければその分街全体が盛り上がりますから。山村留学先として、とてもおすすめですね。周りの目なんて気になりませんし、子どもに自信がつくと思います。

島に移住をする人が増えてほしいとは思いますが、「ただなんとなく住む」というのは難しいと思います。やっぱり、何かしらの目的ないと続かないでしょうね。私たちの場合は、牛の放牧という目的があります。そういった、明確な気持ちがあれば大丈夫だと思います。目的がはっきりしていれば、一時的な滞在ても一生の滞在でも、島の人とうまくやれると思いますし、周りも応援してくれると思います。

周りの人と無理して付き合う必要はないのかもしれません、ただ、これくらの人口の地域だと、自分の生活が成り立つのは周りの人の手助けがあってこそ。周りの人に感謝できない人は、難しいかもしれませんね。

竹島は、日本に数ある離島の中でも、特に何もない場所です。何でも自分でやらなきゃいけません。でも、それがいいところだと思います。私はこれからもずっとこの島に住み続けたいと考えています。ここの暮らしが一番居心地がいいです。都会に出ると、人混みに疲れてしまいます。たまにでいいんです、街に出るのは。

何をしても後悔する可能性があるのが人生。それなら、私はやらない後悔をせずに、やることを選択し続けたいです。

2017.10.17

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