鹿児島県いちき市(いちき串木野市)で生まれました。4人の兄と姉がいる末っ子です。活発な子どもで、いつも放課後は家の前を流れる川で友達と遊んでいましたね。地元が大好きで、都会に出たいとは思いませんでした。町はたまに遊びに行ければいいと。

実家は農家で、牛も飼っていました。小さい頃から手伝いばかりさせれていいました。土曜日とか、学校が終わって家に帰ると置き手紙があります。畑の場所が指定され、作業内容が書いてあるんです。友達と遊びたいのに、田んぼで作業しなければならないのは嫌でしたね。

また、泥だらけになって作業する農家を恥ずかしいとも思っていました。親のことは大好きでしたが、大人になっても農家の嫁にだけはなりたくないと思っていましたね。どちらかと言えば、都会的な団地妻になりたいなんて思い描いていました。

仕事は、幼稚園の先生をやりたいと思っていました。自分が通っていた幼稚園が大好きだったんです。特に、園長先生が好きでした。誰にでも平等に接してくれて、穏やかなんですよ。叱られたこともあったと思いますが、優しかった印象しかないです。それで、高校卒業後は地元の短大に進み、児童教育について勉強しました。

ただ、実習に行った時に責任感に押しつぶされそうになって、幼稚園の先生になるのはやめることにしました。

私の通っていた幼稚園は、町の中心にあった割には、結構遠くから子どもが通っていました。幼稚園生が3キロ4キロとか歩いて通っているんです。先生たちは途中までしか送らないので、別れた後はみんな自分たちだけで帰ります。迎えに来てくれる保護者もいますし、自分が園児の時はなんとも思わなかったんですけど、子どもが大きな国道沿いをひとりで歩いて帰るのを見るのは胸が痛くて。

さようならって言って帰した後に、万が一何かあったとき、私はどう思うんだろ。その責任感に耐えられないなということに気づいて。私はこの幼稚園では働けないと思い、諦めることにしたんです。他の幼稚園で働くことは考えられませんでした。