小さな集落の小さな活動が、大きな輪となる。
故郷に捧げる、元警察官のセカンドライフ。

深田 和幸さん/種子島鉄砲隊・中種子火縄銃保存会会員

はてぶ

東京での警察官生活を早期にリタイアし、生まれ故郷の種子島に戻った深田さん。故郷を離れ、東京で見つけたやりがいを捨て、地元に戻ったきっかけとは。地元で見つけた、次なる目標とは。お話を伺いました。

種子島に育まれた幼少期

鉄砲伝来の地として知られる鹿児島県の種子島に生まれ、高校卒業までを中種子町で過ごしました。まず車もないですし、バスも朝昼晩の3本しか走っていないような場所なので、遊び場は海か山。竹藪に入って探検ごっこをしたり、ヒヨドリを捕る罠を作ったり。やんちゃな子どもでしたね。

実家が農家だったので、小さい頃から農作業をよく手伝わされていました。でも、実はそれがイヤで仕方なくて、学校から道草して帰っていたんです(笑)

高校卒業後の進路を考えたときも、やっぱり農業はやりたくないと思っていました。でも、みんな雇用先がないので、島を出ざるを得ない状況で。鹿児島・大阪・東京の3箇所に、それぞれ散らばっていきました。なかでも、大阪を選んだのは交通の便が良く、程よく遠いという理由でした。3人兄弟の長男ですから、いずれ戻ってこようという気持ちで、種子島をあとにしました。

大阪に行って約3年間、警備会社で働きました。テーマパークとか行きたいところにすぐに行けたり、なんでも近くで買えたり、いろんなものも見られたり。最初は、都会での暮らしもいいなと思いました。でも、田舎に行くと落ち着くんですよ。休みの日には、バードウォッチングに行き、眠たくなったら車の中で昼寝して、鳥の鳴き声で目を覚ます。結局、そんな田舎暮らしが好きなんだと気がつかされました。

大阪での生活にもすっかり慣れたある日、親父から一通の封書が送られてきました。開けて見ると、警視庁の受験申込書でした。「なにこれは?」と思って親父に電話すると、「受けてみろ、一回。落ちようが何しようが、それで俺の気が済むから」と言われました。

農業の行く末を案じてのことだと思います。365日焼酎を呑んでばかりで、好きになれない親父でしたが、反発心はありませんでした。別に目標があるわけでもなかったので、素直に受けてみようかなと思えました。あとは、高校時代から付き合っていた彼女が東京に住んでいたこと。彼女の存在は大きかったかもしれません。

その時ばかりは、一生懸命に勉強しました。公務員の試験問題集を買ってきて。真剣に勉強した結果、警視庁への採用が決まり、東京に出ました。

「やりがい」のある仕事との出会い

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