大阪府高槻市で生まれました。小学生の頃はとてもやんちゃな子どもで、友達と激しい喧嘩をして、よく先生に呼び出されました。親は放任主義で、「基本的にはやりたいことをやれ。ただし、やるなら筋を通せ」という教育方針の持ち主でした。

毎年夏休みには、母の実家がある長崎県佐世保市の離島、宇久島へ遊びに行きました。まる一ヶ月滞在するのが恒例でした。海で泳いだり、カブトムシを獲ったり、キャンプやバーベキューをしたり、毎日遊びまわっていました。

祖母には、三輪自転車の後ろカゴに乗せられて、よく海に釣りに連れていってもらいました。それで釣りにハマって、大阪でも友達と一緒に釣りへ行くようになったんです。ただ、中学生になってからは部活などが忙しくて、宇久島へ遊びに行くことがなくなりました。

高校が進学校だったので大学に進みましたが、将来やりたいことはありませんでした。ただ周りに流されているだけの生活。バンド活動に精を出し、授業にはほとんど出ませんでした。

2年生に上がる時、取得した単位はわずか5単位。留年したらお金がかかりますし、どうせ勉強しないのは分かっていたので、退学することにしました。それからは昼まで寝て、夜になれば麻雀や夜の街を徘徊する、ムチャクチャな生活を送りました。

すると、そんな僕の噂を聞きつけた高校時代の友達に呼び出され、思いっきり説教されたんです。何やってるんだって、ボロクソに言われましたね。いつもなら喧嘩になるところですが、言われていることがあまりにも正しくて、ぐうの音も出ませんでした。何をやってるんだろう、俺は。胸が痛みました。

その時、初めて、自分の将来を真面目に考えました。どんな仕事をすればいいんだろう。一体自分は何が好きなんだろうかって。

その時頭に浮かんだのは、魚に関わる仕事でした。釣りは好きでしたし、家で魚を飼ってたんですよね。それで、友人に説教された翌日、いつも通っていた熱帯魚屋へ行き、働かせてほしいと頼みました。

すると、店長が「やる気があるなら来てみろ」と言ってくれたんです。