出版社、街コン、シェアハウス、被災地支援。僕が「やりたいこと」を断定しない理由。

「人と人」「人と地域」のつながりを作るというテーマのもと、街コンの開催やシェアハウスの運営、本の出版、被災地支援等を行う貝原さん。様々なことに挑戦し続け、「やりたいことは見つけなくても良い」という生き方とはどのようなものなのか、お話を伺いました。

貝原 大和

かいはら やまと|街コン・シェアハウス・出版社・被災地支援事業運営
池袋・広島・北九州などでの街コン運営、ワンコインランチ東京というクーポン型グルメ雑誌の出版、一般社団法人元気UPプロジェクトの代表理事を務める。
また、北池袋徒歩2分のシェアハウス「縁宅」のオーナーを務める。

一般社団法人元気UPプロジェクト
ワンコインランチ東京公式サイト
北池袋徒歩2分のシェアハウス「縁宅」

落ちこぼれからの脱却


広島県福山市で生まれ育ち、中学までは割と勉強ができるほうでした。

高校は地元の福山市で2番目に頭のいい学校に進学できたのですが、
最初の中間テストの時に、平均点が80点の中、学年最下位の20点という驚異的な点数を記録してまったんです。(笑)

これをキッカケに周りからは「落ちこぼれ」のレッテルを貼られてしまい、周囲から引かれてしまったんですよね。
私自身、勉強が出来ないことや、周りと馴染めないことで、
半ばドロップアウト気味になり、朝からカラオケ行ったり、深夜3時くらいまでダラダラ騒いだりしてました。

出席日数ぎりぎりしか学校に行かず、勉強も全くしない、
唯一中学校の部活で始めたソフトテニスだけに注力していました。
授業には出ず、部活だけ出て帰る日もありました。(笑)
その甲斐もあり、3年生になると、広島県の代表として中国地域大会に進出し、成果を出すことができました。

そんな風に気持ちよく部活を引退すると今度は逆に勉強に集中し始めたんです。
元々負けず嫌いで反骨精神が強い性格だったので、

「周りの友達を見返してやる!」

という気持ちがあったんですよね。
1日15~16時間くらい勉強しました。

半年ほど経つ頃には偏差値が15以上伸びており、
自分の学力で届きそうな西日本の公立で、1番都会にあり、今っぽい「経営情報学科」があるという理由から、
北九州の小倉にある大学への進学を決めました。

学校選びにかかった時間は15秒ほどでした。(笑)

高校生活のリベンジ


高校でスタートから失敗したため、大学ではリベンジしようという気持ちが強かったです。
受験期に「オレンジデイズ」が流行っていたこともあり、
たくさんのことに挑戦し、充実した学生生活にしようと意気込んでいましたね。

結局、引き続きのソフトテニス部や、写真部、オレンジデイズ的なサークルなど、
5つほどの団体を掛け持ちしました。

その上、大学3年生になる頃にバイト先が一緒の大学の友人に誘われ、
フリーペーパーを作る団体の立ち上げにも関わることになりました。

実際に活動を始めてみると、営業のやり方や広告の金額設定、
契約書の詳細に後輩のマネジメントなど、わからないことだらけですごく苦労しました。

ただ、志高い友人と活動しているうちに、漠然とですが将来は起業したいな、と思うようになりました。

高校時代から負けたくないと感じていた友人を抜かすためにも、起業に大きな可能性を感じたんですよね。

東京で就職しよう


そんな折、3年の夏前、部活のメンバーが絡まれているトラブルの仲裁に入った際に、
顔にシンナーをかけられライターで火を付けられたことで顔の右半分に大火傷を負ってしまったんです。
新聞に載るくらいの出来事で、病院にも通い、しばらく外に出られない状況になってしまいました。

どうしたものかと考えたのですが、仕方がないので、その時間を生かして、
早めに就職活動の準備を始めることにしたんですよね。
どうしても後手に回りがちな地方の学生とは対照的に、夏からインターンの情報を見るようになりました。

その後、無事けがも回復すると、調べていた東京でのインターンに参加してみました。
初めてグループワーク、みんなの前で話したプレゼンを経て感じたのは、東京と地方のギャップでした。

うまくしゃべれなかった自分と反対に、優勝したチームの発表者は下の学年だったんです。
それがとにかく悔しかったんですよね。

そんな思いから、情報もチャンスもたくさんある東京で就職しようと心に決めたんです。
就職してから3年以内には会社を辞めて独立したいと考え、
その間に少しでも起業に近づける会社を探しました。

ただ、食わず嫌いはいやだったので、業界・規模問わず沢山の会社を見ていましたね。
「これをやりたい」という明確なものもなかったので、最終的には、
様々な事業を広く展開するベンチャー企業に就職を決めました。

本気で取り組まなければ、成功させられない


入社後の研修を経て、配属されたのは、マンガ喫茶の事業部でした。
同期には社長室への配属等もいたので、正直びっくりしましたね。

ところがそんな不安とは反対に、採用やシフト管理、財務諸表の管理など、
とても裁量のある中で働くことができ、非常に勉強になる環境でした。
加えて、新規事業の提案なども行い、毎年新卒2年目までが対象の新人賞を、
1年目で初めてもらうことができたんです。

この時初めて仕事で涙を流しました。

仕事の傍らでは起業のために、色々な副業をしていたのですが、
3年目の秋ごろに「街コン」というものをネットニュースで見つけました。

興味を持って友達と参加してみると、面白さはあるものの、イベントとしては改善できるところが多かったんですよね。
それならば、自分で一度開いてみようと思い、「池コン」という名で、池袋での街コンを企画してみました。

いざイベントの集客を開始してみると、ものすごい勢いで申し込みがあったんです。
開催する前から、

「このイベントは、良いものになる」

そんな確信があったんですよ。

「これは本気で取り組まなければ、成功させることはできないな」

という感覚もあり、開催1か月前にも関わらず辞表を提出しました。

その覚悟に応えてくれたのかわかりませんが、辞表を出した翌日にNHKから取材の依頼が入り、
イベント開催後にはサーバーがGoogleの検索ランキングで1桁になるくらいのアクセスがあり、
大成功に終わったんです。

「やりたいこと」は断定しなくても良い


現在は、街コンだけでなく「縁宅(えんたく)」というシェアハウスや、
ワンコインランチ東京というクーポン型グルメ雑誌の出版事業など、
「人と人、人と地域をつなぐ活動」に力を入れています。

私自身、高校まで広島県福山市で暮らしていたのに
部活ばかりやっていたのであまり街について知らなかったんですよね。

でも、地元広島でも街コンを運営してみて、街や住人のことを深く知れば知るほど、
その街のことを好きになり、住みやすくなっていくということに気づいたんです。

そんな背景もあり、「人と人」、「人と地域」をつなげる活動を続けて、
もっと 沢山の人に、街のことを好きになってほしいんですよね。

今はまだ東京での活動が中心ですが、将来的には、やはり自分が生まれ育った広島を拠点にしたいと思っています。

今後も自分自身が面白いと思えて、人に胸を張って言えることにはどんどん挑戦していきたいと思っています。
新しいことに触れていく中で、色々な方面に関心が広がっていくんですよね。

特別これ、という「やりたいこと」は見つかっていないのですが、
個人的には、見つからなくてもいいと思っているんです。

「天職」を見つけるのは難しくても、「自分に向いていること」はいくつか見つかると思うんです。
だから、いつでも新しいことに敏感でいようと思いますし、
何歳になってもそれをワクワクすることを追いかけていくような人生がいいなと思っています。

今この瞬間やりたいことと、10年後にやりたいことは大きく違うだろうし、
どんな仕事にも面白いポイントがあれば、その反面飽きるタイミングも必ずあると思います。
やりたいこと、やるべきことは無理に断定しなくてもいいので、やりたいと少しでも思えたことは、
フットワーク軽く取り組んでみることが大事だと思うんです。
経験したこと、取り組んでみたことの中から、最高のワクワクに出会えるかもしれないですしね。

2014.05.31

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