ところが、入社してすぐに挫折感を味わいました。自分の英語力なんて大したことがないと分かったんです。同期も先輩も優秀な人ばかりで、上に上がいる。「負けてたまるか」と思う一方で、語学力でも、社交性でも、地頭の良さでも太刀打ちできず、諦めの気持ちもありました。

その分、自分は目の前のことを一生懸命やっていくしかないと思いました。私の父は、私が16歳の時に、47歳で亡くなりました。当時はあまり実感がなかったんですけど、その頃から「人生はそんなに長くない」ということを意識するようになりました。これから先どんなことが起こるか分からない。だったら、とにかく今やるべきことを頑張ろう。そう考えていたんですね。

入社後配属されたのは、紙パルプの輸入をする部署でした。私は地方の中小企業担当になり、社長さんたちから仕事について色々学ぶことができました。人はお金で動かないという事実。組織で人事権を持つことの重要性。リーダーは人事に一番の時間を割くべきだということなど、社長業とは何たるものか学ばせていただきました。大手担当になっていたら、経営者の話を聞く機会はほとんどなかったので、ラッキーだったと思います。

また、入社した頃から、中国語の勉強を始めました。「英語ができて中国語もできる」ということが、これからの時代を生きる上で武器になると思ったんです。中国に対しては、社会人になって旅行に行った時から、良い印象もありました。インフラが整っていなかったり、空気が悪かったりと、ネガティブな一面もありましたが、寺院など、日本で慣れ親しんだ文化がありましたし、文字は漢字なので、書いてあることがある程度理解できるのも良かったですね。大学の卒業旅行で行った場所が中東だったので、中東と比べたら異質さは感じず、親近感があったんですね。

私が中国へ関心があることを知ってもらえたのか、入社2年目には「派遣修業生」として、中国に語学研修に行くことになりました。同期の中では一番早い海外研修だったと思います。「商社で働いているなら海外に行かなければしょうがない」という空気があったので、海外に行けるのは嬉しかったですね。

中国でビジネスをするということ

ところが、入社してすぐに挫折感を味わいました。自分の英語力なんて大したことがないと分かったんです。同期も先輩も優秀な人ばかりで、上に上がいる。「負けてたまるか」と思う一方で、語学力でも、社交性でも、地頭の良さでも太刀打ちできず、諦めの気持ちもありました。

その分、自分は目の前のことを一生懸命やっていくしかないと思いました。私の父は、私が16歳の時に、47歳で亡くなりました。当時はあまり実感がなかったんですけど、その頃から「人生はそんなに長くない」ということを意識するようになりました。これから先どんなことが起こるか分からない。だったら、とにかく今やるべきことを頑張ろう。そう考えていたんですね。

入社後配属されたのは、紙パルプの輸入をする部署でした。私は地方の中小企業担当になり、社長さんたちから仕事について色々学ぶことができました。人はお金で動かないという事実。組織で人事権を持つことの重要性。リーダーは人事に一番の時間を割くべきだということなど、社長業とは何たるものか学ばせていただきました。大手担当になっていたら、経営者の話を聞く機会はほとんどなかったので、ラッキーだったと思います。

また、入社した頃から、中国語の勉強を始めました。「英語ができて中国語もできる」ということが、これからの時代を生きる上で武器になると思ったんです。中国に対しては、社会人になって旅行に行った時から、良い印象もありました。インフラが整っていなかったり、空気が悪かったりと、ネガティブな一面もありましたが、寺院など、日本で慣れ親しんだ文化がありましたし、文字は漢字なので、書いてあることがある程度理解できるのも良かったですね。大学の卒業旅行で行った場所が中東だったので、中東と比べたら異質さは感じず、親近感があったんですね。

私が中国へ関心があることを知ってもらえたのか、入社2年目には「派遣修業生」として、中国に語学研修に行くことになりました。同期の中では一番早い海外研修だったと思います。「商社で働いているなら海外に行かなければしょうがない」という空気があったので、海外に行けるのは嬉しかったですね。

中国でビジネスをするということ