【2月8日開催】福田秀世 写真展・トークイベント“Vivi e lascia vivere.” -思うままに生きよ。自分は自分、人は人-
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中途半端なまま逃げ出したくない。
未来の選択肢のため、事業に込める想い。

薬師川 智子さん/ケニアで、大豆商社経営

はてぶ

ケニアの最西部、ミゴリという地域で大豆を扱う商社を経営する薬師川さん。農林中金から青年海外協力隊を経て現地で起業へ。「中途半端なまま逃げ出したくない」異国での挑戦を決めた背景にある思いとは。お話を伺いました。

好きなものを嫌いになる前に

奈良県の生駒市で生まれました。2つ違いの姉が1人います。母がとても教育熱心で、小学生の頃から授業以外に自由研究もしていました。山に行って葉っぱの葉脈を見比べたり、郵便局に行ってインタビューしてみたり。母自身、学生時代に勉強をしたくても方法がわからず悩んだからこそ、子供には興味があることをたくさん勉強して、羽ばたいてほしいと考えていたらしいです。ピアノ・書道・絵・水泳・英会話など、習い事もたくさんさせてもらいました。

そんな背景から、新しく知ることや挑戦することが好きで、特に国際協力の分野に興味がありました。元々、母の叱り方が極端なんです。例えば私が苦手なトマトを残すと、「地球の裏側のアフリカには、食べ物がない人たちがいる。あなたが残すトマトすら食べられないの。」と言われます。自分が恵まれているということだけでなく、地球の裏側の人が私のことを知ったら悔しいだろうなと思いましたね。小中学校の授業で貧困国について知ってからは、もっと関心が強くなりました。

高校に入ってからは美大の予備校に通い始めました。両親の家系に職人や芸術家が多く、私も生まれつき絵を描くことが好きで得意でした。小学2年生の頃から将来の夢は絵描きさんでした。でも、予備校に通い始めてショックを受けました。課題に対して先生が評価をつけるんですが、私はC-とかC+とか。周りにはもっと評価が高い子がたくさんいて。わたし下手くそなんだって思ってしまいました。

昔から絵に関しては才能があると思っていました。絵には正解がない。これだけは私が唯一、世界に一つしかないものを作れるジャンルなんじゃないかって。でも、評価は低いし、志望校に合格できるかもわからない。予備校で人と比べながら描くことを続けるうちに、インスピレーションがなくなってきて、絵が好きじゃなくなってくる。これはやばいなって思いました。自分の湧き上がる感情を絵にぶつけることを仕事にしたいのに、そのイメージが持てなくなってしまって。

最終的には、私が苦しむ姿を見て親に美大進学を止められました。「あなたの絵に才能はあると思う。でも、絵こそ今やらなきゃいけないことじゃない。あなたが別の道を歩んでいったら、その経験から深みが絵に現れると思うから、それを今無理矢理やることで、素晴らしい絵の才能を潰さないで」って。それで、もっと違うことを考えてみることにしましたね。

中途半端人間にならないために