幼少期からバレエが大好きで、妹と一緒に毎日踊っていましたが、妹にかなわず挫折し、中学校からはバスケットボールに転身しました。スポーツはすごく得意でした。市内3位というレベルの中学でしたが、高校にもスポーツ推薦で入学しました。

高校は、25年連続全国大会に出場する超強豪校。レベルが全然違いました。さらに気の強い子ばかりだったので、私は入部数ヶ月でメンタルをやられてしまい「もう死にたい」とう思うほど追い詰められ、休みがちに。

その様子に気づいたのは母でした。手を差し伸べてもらえると思ったのですが、「甘ったれんじゃない!」とほっぺを叩かれ、こう言われました。「あんた、本気で練習した?一ヶ月間休まずに行って本気でやってみなさい。それでもダメだったらやめていいから」と。さらに、学校へ行くと、それまで私のことを全く目もかけていないと思っていた監督に呼ばれ、体育館とは違う優しい表情で、母と全く同じことを言われたんです。「やめたかったらやめてもいい。だけど、その前に1ヶ月本気で頑張ってみないか?」と。

あと1ヶ月行けばやめられると思うと気持ちが楽になった私は、練習に集中し、その1ヶ月でみるみる上達しました。それに何より、周りの対応が変わりました。私のことをチームメイトとして認めてくれたんです。

「しんどいことをやっている」=「一生懸命」じゃないんです。身が入らず、逃げようと思いながらやっていると、本気で取り組んでいる皆にはバレているものです。そりゃ目障りです。母は全国各地に応援に来てくれました。そんな母の支えもあり、卒業まで3年間、バスケットボール部に在籍し、全国大会にも毎年出場しました。監督に出会えたことと、部活で過ごした3年間は人生の財産です。

大学は京都の立命館大学へ進みました。すると同じタイミングで、父が京都赴任になったんです。それまで単身赴任が多く、私の人生の中にほとんど存在していなかった父との二人暮らしが始まりました。暮らしてみると、父とはかなり馬が合いました。今でも家族の中でも親友のような存在です。

そんな父ですが、門限も設けないし、外泊しようが何も言わないので、私にはあまり興味がないのだと思っていました。ただ、父は私が大学を卒業する時に「お前は人の目を気にしすぎだから、気にし過ぎるな」と言いました。父から助言を受けることは、それまで生きてきて初めてでした。言われたその時は「?」だったんですけど、よく私のこと見ていたんですよね。その理由は、後に私が30歳くらいになった時に分かることになります。

企業の中でベストを模索した日々

幼少期からバレエが大好きで、妹と一緒に毎日踊っていましたが、妹にかなわず挫折し、中学校からはバスケットボールに転身しました。スポーツはすごく得意でした。市内3位というレベルの中学でしたが、高校にもスポーツ推薦で入学しました。

高校は、25年連続全国大会に出場する超強豪校。レベルが全然違いました。さらに気の強い子ばかりだったので、私は入部数ヶ月でメンタルをやられてしまい「もう死にたい」とう思うほど追い詰められ、休みがちに。

その様子に気づいたのは母でした。手を差し伸べてもらえると思ったのですが、「甘ったれんじゃない!」とほっぺを叩かれ、こう言われました。「あんた、本気で練習した?一ヶ月間休まずに行って本気でやってみなさい。それでもダメだったらやめていいから」と。さらに、学校へ行くと、それまで私のことを全く目もかけていないと思っていた監督に呼ばれ、体育館とは違う優しい表情で、母と全く同じことを言われたんです。「やめたかったらやめてもいい。だけど、その前に1ヶ月本気で頑張ってみないか?」と。

あと1ヶ月行けばやめられると思うと気持ちが楽になった私は、練習に集中し、その1ヶ月でみるみる上達しました。それに何より、周りの対応が変わりました。私のことをチームメイトとして認めてくれたんです。

「しんどいことをやっている」=「一生懸命」じゃないんです。身が入らず、逃げようと思いながらやっていると、本気で取り組んでいる皆にはバレているものです。そりゃ目障りです。母は全国各地に応援に来てくれました。そんな母の支えもあり、卒業まで3年間、バスケットボール部に在籍し、全国大会にも毎年出場しました。監督に出会えたことと、部活で過ごした3年間は人生の財産です。

大学は京都の立命館大学へ進みました。すると同じタイミングで、父が京都赴任になったんです。それまで単身赴任が多く、私の人生の中にほとんど存在していなかった父との二人暮らしが始まりました。暮らしてみると、父とはかなり馬が合いました。今でも家族の中でも親友のような存在です。

そんな父ですが、門限も設けないし、外泊しようが何も言わないので、私にはあまり興味がないのだと思っていました。ただ、父は私が大学を卒業する時に「お前は人の目を気にしすぎだから、気にし過ぎるな」と言いました。父から助言を受けることは、それまで生きてきて初めてでした。言われたその時は「?」だったんですけど、よく私のこと見ていたんですよね。その理由は、後に私が30歳くらいになった時に分かることになります。

企業の中でベストを模索した日々

シェアして応援