茨城県水戸市で生まれました。一人っ子で、わがままに育ったように思います。祖父母からも可愛がられ、欲しいものは何でも買ってもらいました。活発な性格で、人見知りせずに誰とでも話すタイプでした。

将来の夢は、小学校に上る前は警察官や花屋さん、小学生になると学校の先生や保育士と、コロコロ変わっていました。

高校生になっても、将来のことは漠然としか考えていませんでした。進学クラスに通っていたので、周囲はみんな大学を目指すような環境でした。特に目的はありませんでしたが、私も大学に行くんだろうなと、何となく思っていました。

高校卒業後の進路については、親から茨城から出ないようにと言われていました。地元の大学に行くか、県内で就職するかのどちらかにするようにということでした。東京に出たい気持ちもありましたが、茨城も好きだったので、特に反抗する気にはなりませんでしたね。

県内の大学を第一志望にしていたのですが、入学試験では失敗したと感じました。自己採点の結果、苦手な数学で、合格点に50点近く足りませんでした。

それでも、せっかくなので大学まで合格発表を見に行きました。講堂の前に貼りだされた合格者一覧の中に、私の番号がありました。嬉しかったですね。父に報告しようと思ったのですが、自分でもびっくりしすぎて、上履きでそのまま外に出てしまいました。父に電話をして、「受かったよ。番号あったよ」と話したら、父がとても喜んで「本当に良かったね」と言ってくれました。上履きのまま、校門の前で電話していましたね。

大学では、部活やサークルなどには入らず、学科の友達と仲良くしていました。授業にはきちんと出席していましたが、特に授業以上に勉強するわけでもありませんでした。アルバイトをして、飲みに行って、どこかに出掛けてと、大学生らしい生活でしたね。

厳しい家庭で、門限があったのですが、大学生になってからは門限を破って夜遊びも増えました。父がタクシー運転手で、夜中にいないことが多く、それをいいことに遊んでいました。