女性目線で日本酒を盛り上げる。
酒蔵さんも、農家さんも、幸せにするために。

【KURAND協力:日本文化チャンネル】女性向けに日本酒を取り上げた企画や、百貨店の店頭での日本酒の営業など、日本酒を広める活動をしつつ、フリーの管理栄養士として働く内野さん。農業に貢献するために日本酒を広めたい、と話す背景には、どのような思いがあるのでしょうか。お話を伺いました。

内野 未来

うちの みき|管理栄養士・日本酒の普及
MIRIPE代表、管理栄養士、SHU for ladies総括。酒蔵の営業代行、セミナー・イベント企画など、管理栄養士として日本酒の普及に携わる。

食べながらダイエットしたい


静岡県三島市で生まれました。生まれた時から父親がいなかったので、母と祖父と祖母の三人に育てられました。

「うちの家は貧乏で、贅沢をしてはいけない」と小さい頃から思っていました。本当に貧乏だったかは分かりませんし、母に何か言われたわけではありませんでしたが、「父親がいないから」と、自分で行動を制限していました。周りに甘えるのが苦手でしたね。

私の家系は、自営業の人ばかりでした。母はピアノの先生。祖父の実家がお菓子屋さん。祖母の妹は、東京で会社を経営していました。祖母の妹は、幼い頃に父を亡くしたそうで、同じ境遇の私を何かと気にかけてくれました。何かある度に東京に呼んでくれたり、海外旅行に連れて行ったりしてくれるんです。親族の働く姿をよく見ていたので、個人で働くことは、私の中であたりまえでした。

仕事で忙しい母の代わりに、家庭のことは祖母がやってくれました。祖母の実家は旅館だったので、祖母は料理がすごく上手でした。祖母の料理は、手作りで、和食が多く出汁を取るところから作る丁寧なものばかりでした。

毎日、祖母の愛情溢れる料理を食べているうちに自然と食に興味を持つようになりました。祖母のように料理を作れるようになりたい。食事は人が生きていく上ですごく大切なもの。食に関わる仕事をしたい。そう思いました。

高校生の頃に、低インシュリンダイエットが流行り、ダイエット本を見ながら自分の身体の状態を管理するようになりました。本に載っている食品成分表を使って栄養素を計算するのが好きでした。

美味しい料理を目一杯食べながら、一方で体重をいかに管理していくか、みたいなことを考えていました。痩せたいけど、食事は好きだし、どうしたら良いんだろうって思っていましたね。

痩せたくてご飯を食べない時期もあったんですけど、髪の毛が抜けたり、疲れが出やすくなっちゃったりして、自分の体にとってマイナスなことばかりでした。また、せっかく祖母が美味しい料理を作ってくれているのに、食べないのはもったいないとも感じましたね。食事をしっかり取りながら、一方で自分の身体をどう管理していくかを考えていました。

食べ物を無駄にしたくない


栄養の勉強をするため、高校卒業後は東京の短大に通い始めました。四大に通うのは経済的に難しく、諦めました。学校の推薦を使って栄養学を学べる短大があったんです。

一人暮らしをする余裕はなく、実家から通いました。始発の鈍行列車に乗り、授業が終わる夕方に静岡に帰りアルバイトをする、みたいな生活でした。好きで勉強していましたし、2年間で栄養士の資格を取れるという区切りもあり、辛くは感じませんでした。

長期休暇は、旅行によく行っていました。ただ、お金の余裕はありませんでした。お金をかけずに色々な場所に行くにはどうすればいいか考えて、農家や旅館に住み込みで働く「ボランティアバイト」をしていました住み込みで働くので、お金はかからないばかりか、お給料ももらえます。それでいろんな場所に行けるので、私に合っていると思いましたね。

ボランティアバイトでお世話になった農家で、作ったお米やお野菜が廃棄されるところをたくさん見ました。せっかく丹精込めて作ったものを、どうして捨てなければならないのかと不思議に思いましたが、発注される量が安定しないので、仕方ないんですよね。作っても、販売先の都合でいらなくなります。もったいないと思っても、私個人が食べるには消費しきれない量です。

小さい頃からお金のない環境で育ったので、「もったいない」意識が人一倍強くありました。どうにかして農作物の廃棄を減らしたい。農家さんのために何かできないかと感じました。

もっと上を目指したい


そんな農業に対する問題意識を持ちつつも、短大を卒業したあとは、栄養士として地元の病院で働き始めました。

病院での仕事は、悔しい思いをすることばかりでした。何か仕事でできないことがある度に、「なんで自分はできないんだろうな」と思うんです。その原因は、やっぱり、知識が足りなかったり、経験不足だったりするんですよね。私は栄養士だったんですが、2年間の勉強で資格が取れる「栄養士」は、大学で4年間勉強した上で試験を受ける「管理栄養士」と違って、食事について少ししか学ばないんです。

職場に管理栄養士を持っている人たちがいたんですけど、知識の量がぜんぜん違いました。先輩と患者さんとの会話を聞いて、自分の知識はすごく浅いなと思いましたし、病棟で栄養指導をしている人を見て、なんで私にはできないんだろうと悔しい気持ちにもなりました。

知識をつけて、もっと患者さんの役に立ちたい。そのためには、自分がもっともっと勉強しなければいけない。

学生の時は、勉強する意味がよく分かっていませんでしたが、働き始めて患者さんの顔が見えて、初めて勉強する目的が定まりました。自分がやっている仕事の先には誰かがいて、その誰かに喜んでもらうためにはもっと知識をつけなきゃいけない。「もっと上に行きたい」と、そこで思い始めたんです。

学生の頃は、お金に余裕がなかったこともあって、自分の行動に制限をかけてしまっていました。社会人として自分で稼ぐようになると、色々自由にできることが増えて、行動の制限がなくなりました。

管理栄養士を目指して、働きながら勉強することにしました。勉強方法や試験についての豊富な東京で勉強しようと、東京に引っ越しました。

東京に出たのには、ひとりの管理栄養士さんの影響もあります。病院で働いている時から、その管理栄養士の先生に憧れ、その人のブログをずっと読んでいました。栄養士さんっていうと「給食のおばちゃん」みたいなイメージが強かったのですが、その先生は、可愛い洋服を着ながらメディアにも出てきて、「綺麗なお姉さんが栄養指導をする」みたいなことをしていて。

その人みたいになりたいなと思っていたんです。「この人に会いたい」と思って電話をかけたんですよ。電話に出た先生に「お会いしたいです。できるなら雇ってください」みたいなことを言いました。その時は静岡にいたんですけど(笑)。それでも、先生が「東京に来たらお茶でもしない?」みたいに声をかけてくれて。その出来事がきっかけで東京に出てきたというのもありますね。

誰かの顔を想像したら頑張れる


昼は学校給食の仕事をして、夜は専門学校で勉強したりコールセンターでアルバイトをしたりしながら、管理栄養士を目指しました。東京に出るきっかけをくれた管理栄養士の先生のもとで、アシスタントみたいなこともしていました。

管理栄養士の資格を取ったら先生のように独立しようと考えていたので、フリーランスの人が集まるイベントに顔を出したり独立に向けての準備もしていました。

独立して何をしたいかも、考え続けていました。この頃から、学生時代に感じた農業の問題解決に、日本酒を通じて関わりたいと考え始めましたね。学生時代、酒米を作る農家にボランティアバイトに行って日本酒を飲ませもらってから、ずっと日本酒が好きでした。酒米を作る経験ってなかなかできないので、なんとなく日本酒との縁を感じていたんですよね。食事とお酒は切っても切り離せないものなので、栄養士として何かできることがあると思っていました。

仕事と勉強で忙しい生活でしたが、自分がやっていることは私ひとりのためじゃないと思って頑張れました。辛いと思う度に、患者さんなど、誰かしらの顔が浮かんで、私が成長するかどうかは、私だけの問題ではないという気がして。「誰かのために頑張る」と目的を設定できたことが大きかったですね。

「これだけ勉強して受からないのであれば、今年で勉強はやめよう」という覚悟で、今から考えるともう二度とはできないぐらいの努力を続けました。2年ほど勉強して、試験本番に臨みました。合格するだろうという手応えはありましたが、発表までの3ヶ月ほどは、「落ちたらどうしよう」という不安もありましたね。

合格発表の当日は、厚生労働省まで合格者発表の掲示を見に行きました。ネットでも見られるんですけど、せっかくだったら実際に掲示されているところを見に行きたいなと思って。ドキドキして見に行きました。

一人でいったんですが、初めて入る厚生労働省の建物に緊張しましたし、受からなかったらどうしようと不安が大きかったですね。怖くて、しばらくは合格発表の番号を見られなかったですね。

覚悟を決めて掲示板の前に進み、自分の番号を見つけた瞬間は思わず叫びましたね。その場にいた全然知らない人と「ありましたね!」みたいな感じで盛り上がって。すぐに親とか友達に連絡しました。受かった喜びもありましたが、勉強から解放された嬉しさもありましたね。「これで遊べる」と思いました。

資格を取ってすぐ、知り合いの会社で新規事業の立ち上げを手伝いました。ネット上で栄養価計算や栄養指導をする仕事でした。しばらくの間、そこで独立するためのノウハウを学んだ後、個人事業主として独立しました。

また、同じく管理栄養士の資格を取った頃から、日本酒を扱うお店で週末に働き始めました。そこで蔵元さんと繋がるようになり、蔵元さんと直接契約して、百貨店の店頭などに立って、一般のお客さん向けに日本酒を営業するようになりました。店頭営業だけでなく、日本酒を飲む人を増やすために、女性向けの日本酒イベントを企画するようにもなりました。

女性と日本酒をつなげる架け橋に


現在は、「SHU for Ladies」という団体で、女性向けの日本酒イベントを企画したり、管理栄養士として、食や健康に関わるスマートフォンアプリやWEB サイトを運営している会社さんから栄養に関する相談を受けたりしています。独立して1年ほど経ちます。

女性向けのイベントは、私が20代ということもあって、20代や30代前半の日本酒をあまり知らない初心者に日本酒を知ってもらいたいと思ってやっています。新たに日本酒を飲む人を増やしたい気持ちもありますが、日本酒を一緒に飲む仲間を増やしたいという気持ちもありました。

私は日本酒が好きでよく飲むんですが、以前は、私の周りには日本酒を飲める女性があまりいませんでした。世間には日本酒を飲む女性は結構いると思うんですけど、そういう人とあまり接点がなくて。自分でイベントを企画することで、そういう人たちが集まって、飲み仲間を増やして欲しいということで始めました。みんなで集まって、楽しく日本酒を飲んでほしいなと。

また、日本酒業界は男社会です。だからこそ、女性の感性で日本酒を広めることに意味があると考えています。お客様がどういう日本酒を求めているかを聞いて、男性が苦手な、きめ細かい提案をしていきたいです。

私には日本酒の詳しい知識があるわけではありません。酒蔵さんや造り手の皆さんと消費者の皆さんを直接つなげるようなイベントを企画して、詳しい人から直接知識を伝えてもらっています。若い女性を対象にしているので、「イケメンな蔵元さんを集める」といったイベントのウケが良いですね(笑)。入りはキャッチーな方が良くて、最終的に日本酒や造り手さんについて少しでも知ってもらうことが大切です。

一般の人は、お店で日本酒が並んでいるだけでは、何が違うのかなかなか分からないと思います。蔵元さんを知ってもらうことで、「この前話をした酒蔵さんのお酒だから、これを買おう」といった、購入動機を作れたらと思います。

若い人や日本酒を知らない人に日本酒を飲んでもらって、まずは日本酒の消費を拡大していきたいです。日本酒の消費量が増えると生産量も増えます。農家さんが作った酒米の販売も増えます。

今の流通の中で酒米の生産量を増やすだけでなく、新しい流通経路を作ることもしていきたいと考えています。今は、農家さんと酒蔵さんが、直接繋がることは一部でしかありません。お世話になっている酒蔵さんと農家さんに直接つながってもらい、新しい流通経路を作れたらと思います。将来的には、酒米だけでなく他の作物にも関わりたいと考えています。

大変なことや、心が折れそうになることもたくさんありますよ。そういう時は、誰かの顔が頭に浮かんできて、また頑張ろうと思えます。根底には、自分だけのためにやっているわけではないという想いがあります。酒蔵さんや農家さん、日本酒を飲んでくれるお客さんがいるから、いろんな人が周りにいてくれるから頑張れます。

私がやらなくても良いことかもしれませんが、私が関わることで日本酒業界自体が盛り上がってくれたら、私としてもやりがいを感じます。日本酒、管理栄養士の仕事を通じて、農業に貢献できればと思います。

2016.03.25

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