「ミスターアベレージ」と呼ばれた私が目指す、 子どものいじめ・自殺ゼロへの世界初の挑戦。

子どもコーチクラブの代表とトレーナー育成を行う原潤一郎さん。「コーチングを通して、世界平和を。」を胸に、コーチングを子どもに教えようと思ったきっかけは?その背景を伺いました。

原潤 一郎

はら じゅんいちろう|子どもコーチクラブ代表とトレーナーの育成
小学生がコーチングコミュニケーションを身につける教室。子どもコーチクラブの代表兼講師。トレーナーとして、講師育成も行っている。

小学校3年生で親友がいじめで自殺


東京都世田谷区で生まれました。3人きょうだいの長男で3歳下に弟と8歳下に妹がいました。きょうだいで遊ぶときは、ゲームをして自分が勝ってしまうと、下の2人が泣いてしまったりするので、自分がわざと負けてあげる、そんな感じでしたね。

「自分はこれがやりたい」という主張が強かったというわけではなく、人の顔色を見たり、人の意見や出方によって自分の意見もコロコロ変えてしまうようなところがありましたね。

小学校3年生の時に、すごく仲のいい友達がいました。「お互い大人になってもずっと友達だよ。一緒に夢を追いかけていこうね」と誓い合っていた友達です。お父さんの仕事の都合で、遠くに転校することになってしまい、しばらく文通をしていました。

ところが6ヶ月ぐらい経った頃に彼からの手紙がぱたっと来なくなりました。あれ、どうしたんだろうなーと思って、彼のお母さんに電話したら、僕の声を聞くなり泣き出してしまって。「潤くん、実はこっちの学校に来て、東京モンが来たとか、言葉が違うとかっていう理由でいじめに遭っていたんだ。それが辛くって辛くって自殺しちゃったんだ。」というのを言われたんです。

その時の自分の気持ちとして、「なんで俺に相談してくれなかったの」っていう自分に対する憤りだったりとか、「おじちゃんおばちゃん可哀想じゃん」とか「いじめていたやつ絶対に許さない」っていうのが出てきてしまって。人って何だろうなっていう気持ちも出てきましたね。

「ミスターアベレージ」


友達が自殺をしてしまったということもあって、目立ち過ぎてもダメだし、目立たなすぎても逆に自分がやられるかもしれないし、というところで、自分の中でその間ぐらいをいけるようにっていうことでバランスを取っていました。

成績もずっと平均点で、中学校の時のあだ名は「ミスターアベレージ」でした。成績がオール3でずっと平均点だったからですね。部活のサッカーは一生懸命やっていて、世田谷区の大会でも2位に入りました。サッカーは小学校からやっていて、当時読売ヴェルディにいた、カズ(三浦知良)やビスマルクが好きでした。

ただ、サッカー選手になれるとは思わなかったんです。将来の夢を聞かれれば、口では「サッカー選手になりたい」って言うんです。でも心の中では、小4ぐらいの時から、自分のチームの中ですら一番になれないのに、サッカー選手とか日本代表になるのは難しいんじゃないかなと思って諦めていました。

それよりも、「ミッキーマウスになりたい」と思っていましたね(笑)。ディズニーランドが好きだったということもありますが、パートナーのことをすごく大事にしている姿だったりとか、自分のやりたいことや好きなことで周りの人一人一人と協力し合って、それぞれのキャラを立たせて、見に来てくれた人が笑ってくれたりとか感動してくれたりとか。なんか頑張ろうって元気が出たりとか。そういうのがいいな、て思っていました。

高校は、私立の関東国際高校に進みました。小4ぐらいの時にビートルズのCDを買って、それから英語なんかカッコいいなーて思っていました。英語が面白そうだと思って、推薦があった関東国際に進みました。

高校でもサッカーをやろうと思っていましたが、入ってみて分かったのですが、サッカー部がありませんでした。都心の学校で小さいグラウンドしかなかったんですよね。スーパーのアルバイトをしたり、イギリスやオーストラリアへの短期留学を経験しました。

大学は、推薦があった大学の経済学部金融学科に進みました。一般入試で受かる自信がなかった、というのが本音ですね。

コーチングとの出会い


大学ではサークルには入らずに、子ども向けのサッカーのコーチやカフェのバイト、就職活動、といった感じで過ごしていました。学校よりも外の活動の方が楽しかったですね。大学3年生のころ、就職活動をする時に、父親が「おい潤これ知ってるかー」ってコーチングの本を見せてくれました。

それで初めてコーチングっていうものを知った時に、「こういうこともできるんだ」「こうやって夢を実現できる手法を自分が身につけられるんだ」「コーチングで夢を実現する方法を人に身につけさせることができるんだ」っと思ってすごい感動しました。「うわ、これだったら俺ミッキーになれるじゃん」ってばちっとつながったんですよね。

人材派遣のベンチャーに就職しました。そこの会社の社長がコーチングの資格を持っている人だったんですよ。就職活動の中でコーチになるために活かせそうなところはどんなとこかなって思っていました。社長がコーチだったら「人」が好きだしここがいいなって思って。

ずっと「ミスターアベレージ」って言われるぐらい平均点をずっと行ってて、とはいえ、何か変えたいって気持ちはあったんですよ。もう普通って嫌だなーみたいな。ちょうどその時ホリエモンとかが出てきてるベンチャーブームの時代で、何か自分も若くして成長したいな、とか突き抜けたいな、みたいな気持ちもあって、こんな自分社会人になったら変えてやる、ってベンチャーに飛び込みました。

「逃げた」先に見えたやりたいこと


ただ、新卒で入った会社は1年持たずに辞めてしまいました。辞めたというよりは、逃げちゃったていうのが本当のところですね。忙しくて、ずっと帰れない様な日を過ごしていて、ランチもうまい棒ですませるみたいな感じでいました。成績も1年目なので全然出なくって、詰められたりとかがあって。周囲で付き合いがあるのはベンチャーの社長さんなので、結構イケイケの人が多いんですよ。そういうイケイケの人達と触れている中で、「自分はできない・・」どんどん自分のセルフイメージみたいなのも落ちてしまいました。

ずっと緊張状態でいる中で、ある日銀座線の中で倒れちゃったんですよね。気づいたら病院のベッドの上でした。携帯がブーブー鳴っている音で目が覚めて、「やばい、会議に遅れる」って思ったら、体が動かなくなっちゃって。なんかもう行きたくない。怖い、怖い、怖い。

そこからしばらく会社と連絡を取らずに、失踪する形になってしまいました。その当時、家族と一緒に住んでいたので、親には心配をかけたくないと思い、家に電話をかけられたら困るので、家の電話線を抜き、スーツを着て車の鍵をこっそりポケットに忍ばせて、しばらくずっと車でそのまま出かけて車の中で何週間も過ごしました。渋谷に行けば、同じぐらいの世代の人達が頑張っていて、「俺何やってんだろうなー」って思って、更に自信を失っちゃって、もうだめだなーとなりましたね。

その時に、なんで俺と付き合ってくれてるんだろうって、当時付き合っていた彼女の顔が浮かんだんですね。彼女は大阪に住んでいて、「なんで俺のこと好きなの?なんで俺と付き合ってんの?」って半分キレながら電話で聞きました。すると「潤だからだよ!潤だから好きなんだよ」って言ってくれたんです。僕が一番その時に欲しかった言葉が、「あなただからいいんだよ」という言葉でした。

学歴がどうとか、ルックスがどうとか、そういうのじゃなくて、「あなただからいいんだ」って言ってくれる人がいる。世界でたった一人でもそういう人がいてくれる。心からそう思えたことが本当に嬉しいことでした。

それまで自分が会社の中でどういう状況かずっと誰にも言えませんでしたが、そこで初めて全部彼女に伝えることができました。受け止めてくれる人がいました。その時、彼女は、「潤は本当は何がやりたいの?」って聞いてくれました。そこで、俺はやっぱりコーチングがやりたいんだ、という気持ちが出てきて「絶対日本一のコーチになってやる。」と彼女に宣言しました。

やるなら一番尊敬している人の元でコーチングを学びたいと思い、平本あきおさんという方が代表を務める株式会社チームフローに入社しました。以前仕事で接点があり、その時に「この人のところで学びたいな、一緒に仕事をしたいな」と思って惚れ込んでいたコーチの方でした。

世界中で違いを越えていきたい


現在は、株式会社チームフローで、コーチングに携わっています。2008年の入社から8年が経ちます。

直近では、小学生を対象にした「子どもコーチクラブ」に力を入れています。コーチングを学んでから小学3年生の時に起きた親友の自殺を振り返ると、いじめていた側の子も小学3年生だったということに気づきました。

だからこそ子どもの頃から、もっとお互い夢とかやりたいこととか言い合えたら!もっと友達の気持ちを自分ごととして捉えられるようになったら!そうしたらいじめとか自殺とかなくなるんじゃないかという思いを持っていますね。

社会に出てから最も重要だと言われているコミュニケーション能力を、学校や塾で学ぶことがありません。ただ「性格だ」っていう形で、割り切られてしまうものだと思うんです。

もっと友達の気持ちをもっともっと分かる様になったりとか、自分の気持ちをもっと素直に表現出来るようになったり。そういうものは、今教えているお子さんが、中学に行っても高校に行っても、大人になってもずっと活きてくるスキルだと思っています。

サッカーとかピアノとかは小さい頃から学ぶのが当たり前ですけども、コミュニケーションも小さい頃から良いコミュニケーションのベースを身につけてもらいたいと思ってやり始めたのが子どもコーチクラブですね。いじめとか自殺をゼロにしたいと思っています。過去にした経験をすごく悔やんでいる、というのがすごく強い動機ですね。もうあの子みたいな子を出したくないっていう思いでやっています。

僕が子どもの時よりもSNSだとかいろんなものが発展していて、学校とか家でも大人の目が届かないところで日常的にいじめが起こっていたりもするので、大人の前で「いい子」でもSNSを通していじめをしてしまっていたりすることもあります。だからこそもっと子ども同士のコミュニケーションが良くなって、いじめにかけるエネルギーがあるのなら、もっと夢に向かってチャレンジする方に使って欲しいと願っています。

コーチングで会う一人一人に、僕が奥さんから受けたのと同じように、ずっと「あなただからいいんだ」っていうメッセージを、言葉でも言葉ではない非言語の部分でも、伝え続けていきたいとも思っています。

子どもコーチクラブの活動を、日本全国でやっていきたいと思っています。まずは47都道府県でうちで学んだコーチ達が自分たちの地元で子どもコーチクラブを開校していく。僕はコーチ達のトレーナーをやります。

ゆくゆくは世界中でやっていけたらいいなって思いますね。アメリカ校やアフガニスタン校ができて、小さい頃から「お前の考え方いいじゃん」というような相手のことを理解する気持ちが当たり前になっていったら、宗教とか、肌の色の違いとか、言葉の違いとか越えて、お互いいいねって言い合えたら、将来的に戦争とかなくなっていくんじゃないかなって。大きく捉えると「世界平和」ですね。


※インタビュー:松岡 佑季

2016.03.22

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