人を想う、すべての人に アニバーサリー事業に込めた想い。

結婚式を挙げられなかったご夫婦へ、周りの家族や友人から結婚式を贈る「Wedding Forward(ウェディングフォワード)」など、大切な人に想いを届けるサービスを展開する、DEF ANNIVERSARY(デフアニバーサリー)の代表、松村さん。「全てをなくしても、周りに大切な人がいたら幸せだと思う」そう語る背景には、どんな体験があったのでしょうか?お話を伺いました。

松村 佳依

まつむら けい|アニバーサリー事業の運営
DEF ANNIVERSARY(デフアニバーサリー)の代表として、結婚式・記念日のプロデュース、イベントの企画・運営、企業の広告映像制作を行う。

テニスと出会い頑張る楽しさを知る


兵庫県神戸市で生まれ、育ちました。寂しがりな性格で、ひとりでいるよりも誰かと一緒にいるのが好きでした。騒がしいところにいるとなんだか落ち着くんですよね。人に会えるという点で、習い事が好きで、ピアノ、習字、お絵かき教室、体操、プールなど、小学生の時は週7で習い事をしていました。相当アクティブでした。

小学3年生の時に、習い事のひとつとしてテニスを始めました。運動はそんなに得意ではないし、練習環境もよくなかったのですが、努力が結果に繋がるようになって、県の上位ランキングに名を連ねるようになりました。頑張れば、ある程度のことができるようになることを学びましたね。

高校時代は、テニス一色でした。朝練をして、昼休みも放課後も練習、帰ってからはスクールに行き、夜中には筋トレや走り込みをして。

自分に負けたくなかったんですよね。例えば走り込みであれば、1キロと決めて走り始めても、最後の10メートルくらいになってゴールが見えた時、「もっと走れるんじゃないか」と言う自分と、「もう疲れた」と言う自分が、頭の中で戦い始めて。結局、自分に負けるのが嫌で、そこから100メートルくらい追加して走るんです。そうしないと、何かもやもやして。「やれることを全てやったのか」という風に、常に考えていましたね。

部活の顧問の先生から、呪文のように「努力は必ず報われる」と繰り返し言われたことにも影響を受けました。3年生で部活を引退してからは、努力の対象が受験勉強に向かいました。

ミーハー心で東京に憧れがあり、親からは、国立大学だったら行っても良いと言われていたので、東京の国立大学に合格するため、ひたすら勉強しました。部活引退まで全く勉強していませんでしたが、やればできると信じていたので、落ちる気はしませんでした。

結局、第一志望の大学に合格し、上京しました。

大切な人がいるだけで幸せ


大学ではテニスは大会運営を手伝う程度でした。その分、飲食店でのアルバイトを楽しんでいました。体育会な雰囲気で、みんな努力を惜しまず切磋琢磨するような環境。工夫したことを自ら報告して社員の会議で承認されると、給料にも反映されました。そういう環境が私の性格に合っていると思っていたので、就職活動でも努力が正当に評価されると感じた大手広告代理店に入社を決めました。

就職活動が終わり、残りの学生生活で3ヶ月ほどフィジーとオーストラリアを放浪してみることにしました。オーストラリアで、現地の環境保護のボランティア団体に入りました。ボランティアの活動で色々な場所に行きました。

例えばエアーズロック。あそこは観光客が沢山訪れますが、知らずのうちに服や靴に外来種(植物の種など)を付着させ、運んできてしまうのです。その結果、本来の生態系が崩れつつあるんです。昼間はその整備をしながら、夜は通常滞在できない国立公園の中で寝泊りしていました。世界各国から来たボランティアのメンバーとみんなで料理したり、ゆっくり喋ったり、同じ部屋で寝たり。隣の部屋にはアボリジニ民族も住んでいました。

他にもカンガルー島というところでの生活は、衝撃的でした。電気も水道も電波もない、サバイバルみたいな生活。カンガルー島は、オーストラリアの中で一番自然環境が残っていると言われているところ。環境汚染によって酸性雨が降るということが全くなく、綺麗な雨が降ります。私が生活していたところは水道がなくて、タンクに雨水を溜めて、そこから水を出して歯磨きをしたり飲んだりしました。

電気もないので、太陽が沈んだら何もできません。おひさまが沈むとともに、おやすみなさい。朝は、ほら貝を吹いて起こされます。「ほおおー」って、チームリーダー100mほど遠くから吹くんですけど、それで起きられるんですよね。東京では目覚ましを何個かけても起きられないのに、すっと目が覚めて。「おひさまと共におはよう」。自然との共同生活。みたいな感じで。

テントの中に泊まって寝袋生活ですし、シャワーも3日に1回だけ。それも、雨水を火で温めて、温度がちょうど良くなったらポリタンクに移して、それをロープで木にぶら下げて、ひねるとやっとお湯が出てくるみたいな原始的なもの。ポリタンクに入れ替える間に虫とか入っちゃうんですけど、そんなの気にせずに自然とともに生活していました。

一見すると、すごく不便な生活に見えるんですけど、私はとても幸せでした。一緒に過ごしたメンバーが、愛情深い人たちだったからです。

同じチームの中に日本人は私だけですし、私以外の5人はアメリカ・オーストラリア・イギリス出身で英語が苦手な私はコミュニケーションにはかなり苦労したんですけど、人柄が温かくて。私があまり話せなくても、一生懸命英語を教えてくれたり、「ケイのこういうところが良いよね」と言ってくれたり。単語を噛み砕きながら話してくれて。何から何まで大らかで、すごい幸せだったんです。

英語をあまり話せないので、それまでオーストラリアを放浪している間は結構ストレスを感じていました。それが、カンガルー島に入ってみんなと生活し始めた途端、明らかに体調も良くなりました。全てをなくしても、周りに大切な人がいたらそれだけで幸せだなぁ。そう心から感じられたんです。

記念日くらいは大切な人を想う日に


日本に帰国してからは、それまで通りの生活に戻りました。オーストラリアで感じたことを大切にしようと思いましたが、環境に流されていました。

就職してからは、仕事一筋でした。大手広告代理店に就職し、求人媒体の新規営業を担当。努力が正当に評価される会社で、私の性格に合っている環境でしたね。仕事が楽しくて、お正月ですら会社に行きたいと思うほどでした。

ただ、1年もすると、違和感を感じるようになりました。オーストラリアで大切な人と時間を過ごすことの大事さを感じていたのに、真逆の生活を送っていたんです。

仕事に長い時間を費やし、離れて暮らしている家族の体調が悪くなっても、仕事があるからすぐには帰れないし、土曜に実家に帰っても次の日には東京に戻らなければなりません。時間の使い方、優先順位間違っている気がしました。

給料をもらっているわけですから、仕事はきちんとやり遂げなければなりません。ですが、変な話、「万が一家族が明日死んだら、今日東京に戻ってしまったことを後悔するだろうな」と思いながら、神戸から新幹線に乗っているんです。

また、仲の良い友達の誕生日やおめでたい瞬間も、便利なツールが増えて、SNS上での「おめでとう」の一言で終わることもあって。これまで繋がらなかったような人にも気軽におめでとうと言えるのは素晴らしいけど、指先で打った5文字で済んでしまうのが、悲しいなと。

本当はお祝いしたい気持ちとか、伝えたい気持ちがあると思うんですけど、ツールが便利になったり、仕事が忙しかったりして、簡素化しちゃう。人生の時間の使い方が、仕事が一番で、大事な人と一緒にいるのが二番。そういう生活に、違和感を感じていました。

仕事は、生きていく上で必要不可欠なものですし、人生を豊かにするものでもあるので、一定の時間は割かなければなりません。そこで私がたどり着いたのが、「せめて記念日くらいは」という考え方でした。毎日は無理ですが、記念日って、一度立ち止まって大切な人と対話するいいチャンスだから、大切にしようと思ったんです。

アニバーサリー事業との出会い


仕事においても、お客様と深い人間関係を築きたい、と思っていたので、異動希望を出し、お客さんを狭く深く担当させてもらう大手クライアント営業の部署に異動しました。ただ、お客さんと仲良くはなりますが、本当に自分が役にたっているのかは、いつも疑問でした。採用のお手伝いはできますが、それで終了なんです。どうせ関わらせてもらうなら、人生で忘れられないくらい笑顔にしたいという思いが強くなっていきました。

就職活動の時は、領域や仕事内容にはこだわりはなかったのですが、働いてみて、成功も失敗も経験した中で、自分は何をしたいのか考え始めて。人を深く喜ばせられる仕事ということで、旅行とか、結婚とか、人生に関わるサービスを運営する会社の話を聞きに行ったり、本を読んだりしました。

そんな時、「アニバーサリー事業」を始めようとしている人たちと出会いました。そんなことできるんだと驚きましたね。4人のメンバーがすでに出資することを決めていました。

ブライダル事業なら聞いたことがありましたが、アニバーサリー事業は聞いたことがなかったので、「どんな内容で、どんな収益ポイントでやるんだろう?」と思って話を聞いていると、「そこから考えて欲しい。会社をなにもかも0から任せたい。創業メンバーにジョインしないか」と言われました。

普通に考えるとすごく怪しい話だと思います(笑)。ただ、逆に何も決まっていないことで、非常に自由度が高く、自分のやりたいことができるだろうということで、ジョインし、先頭に立って事業を進めていくことにしました。

不安はありませんでした。成功確信があるというよりは、良くも悪くも、失敗を繰り返しながら少しずつ前進していくことこそが大切である、とこれまでの経験で感じていたからです。

人を想う、全ての人に


現在は、DEF ANNIVERSARY(デフアニバーサリー)の代表として、「人を想う、全ての人に。」というコンセプトで、プレゼント型の結婚式や、記念日のお祝いなど、大切な人に想いを届けるサービスを提供しています。

大切な人に想いを伝えるって素晴らしいことですが、照れくさくて普段はなかなかできません。記念日は絶好の機会なんですよね。

今一番力を入れているのは、プレゼント型の結婚式です。最近は結婚する半数の人は結婚式を挙げないと言われています。お金がなかったり、再婚だったり、子どもができてしまったりと、色々な事情があって、挙げたくても挙げられない人が一定数いるんです。

そこで、結婚式を挙げるタイミングを逃してしまった人に、周りからプレゼントしちゃうっていう。旦那さんから奥さんへ、子どもから親、兄弟同士、親しい友達やお世話になっている人へなど、使われ方は様々です。プレゼンターが、結婚式を贈る相手のことを思いながら一生懸命企画している時や、当日大成功を収めて笑顔になる瞬間は、私も本当に感動し、胸がいっぱいになります。この仕事をしていてよかったと心から思います。

他にも、結婚に至るまでの出会いの場を提供するために、企業や地域とコラボした婚活イベントを行っています。また、企業のプロモーション映像制作も作っています。誰かの記念日に、その企業の商品・サービスを利用した企画を立て、その様子を映像におさめる。それを企業のPRとして使うってもらうというものです。とにかく、色々なシーンで、大切な人に想いを伝えられる瞬間をたくさん作りたいです。

記念日に、新しい習慣も作りたいと考えています。例えば、自分の誕生日に親にお礼を伝える習慣。自分の誕生日って、「自分が今日でちょうど○年生きてきた」という記念日でもありますが、実は「親が自分を育ててきて今日でちょうど○年」という記念日でもあります。他には、定年退職の日。人生を賭けて仕事をしてきた何十年かが終わりを告げる一日。とても尊いことだと思います。仕事で関わってその人にすごく感謝している人もいるでしょう。そんな日をもっと彩れるサービスを作りたいです。そうやって、大切な人に想いを届けることが、生活の中で根づいていけば良いと思います。

とはいえ自分もまだまだなので、記念日から大切な人に想いを届ける習慣を作って、私自身も生活を変えていきたいと考えています。自分も両親にはすごく感謝していますが、中々伝えられていないので、、恩返ししていこうと思います。

2016.03.10

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