鹿児島県姶良(あいら)市に生まれました。子どもの頃から、一人で考えごとをすることが多く、ぼーっと散歩をしたり、映画を見たり、漫画や雑誌を読んだりすることが好きでした。高校ではバスケ部に所属していましたが、どうやって練習をサボるかしか考えていなく、これといった将来の目標もありませんでしたね。

ただ、進学校ということもあり勉強はしっかりやっていました。大学に行って4年間遊びたいという思いもありましたが周りに流されて勉強していました。

高校を卒業した後は、九州大学の工学部機械航空工学科に進学しました。東京への憧れもありましたが、九州の中の東京というイメージで、福岡にある大学を選びました。昔から性格的に1番よりも2番手が好きで、グループでは絶対に先頭を歩かず、バンドでヴォーカルを務めているのに、前に出るのが極端に嫌で、ステージではドラムを前にしようと提案するような性格でした。学部へのこだわりは特になかったものの、ものづくりに漠然としたカッコよさを感じて、工学部に決めました。

大学生活は、合コンやイベントなど遊んでばかりで、学業には真面目に取り組んでいませんでした。雰囲気のゆるい研究室に入り、卒論を4年の冬に始めました。大学院に進学する人が多い学部でしたが、周りの雰囲気とあまり合わず、親に経済的な負担をかけたくないと思い、学部での卒業を決めました。170人中168番という成績で、そもそも大学院への進学が難しいということもありましたが(笑)。

就職活動では、いわゆる「就活ノウハウ本」で「好きなことを仕事にしよう」と書かれているのを鵜呑みにして、映画に関わろうと最初は広告代理店やテレビ局などを受けていました。選考が行なわれるのが東京や大阪で、2回面接に行っただけで、資金が底をつきました

そういった経済的な事情に加えて、自分が本当にその仕事に関わりたいのか、どこか冷めた部分もあり、疑問を持ちました。結局、入った環境で頑張ればいいと理系の転職に切り替え、住宅設備機器などを扱う、株式会社INAX(現:株式会社LIXIL)に大学の推薦をもらい、入社しました。