岩手県宮古市に生まれ、千葉県松戸市で育ちました。小さい頃から運動が好きで、サッカーや野球はもちろん、駅伝やバドミントンまで、幅広くスポーツを経験しました。中学校では野球部に入りました。レギュラーでしたが、正直そこまで上手い方ではありませんでした。ちょうど、お洒落に目覚めたこともあり、髪を伸ばしてもいいスポーツがしたいと考えていましたね。

そんな時、中3の夏休みにテニススクールに通っていた友達に「一緒にテニスをしよう」と誘われました。初めてのテニスは衝撃的でした。初心者にも関わらず、何年も習っている友人と対等に打ち合うことができて、「自分は向いている!」という手応えがありました。すぐに「これをやりたい」と思い、放課後は野球部と並行してテニスの練習を始めるようになりました。

高校受験では、硬式テニス部が強い学校に行こうと、全国大会に出場するレベルの学校を選択しました。しかし、無事合格して入学してみると、実は全国レベルなのは軟式テニス部で、硬式テニス部は弱小でした。「しまった・・・」と思いましたね。すぐにクラブチームへ方向転換して、プロのアスリートを目指すような選手と一緒に練習に打ち込みました。テニスをしている時間はとにかく楽しく、ずっと続けていたいと思っていましたね。

ただ、成績としては千葉県大会でベスト8という程度。高校から始めた割には良い成績でしたが、プロになりたいという思いに対しては、限界を感じるようになっていました。結局、競技としてのテニスは高校で終わりにすることに決め、卒業後は、私大の経済学部に進学しました。父が広告系の会社を経営しており、いつかは継ぐんだろうなと考えており、父から「大学だけは出ておけ」と言われたことで進学を決めました。

大学ではキャンパスライフを謳歌していました。テニスには週に1・2回、インストラクターとして関わる程度で、仲間と遊び回る日々を過ごしました。

大学3年になり就職活動の時期を迎えた時、説明会などに周りと同じように行くことに対して、気が進みませんでした。社会と関わるイメージが持てず、働く気持ちも固まっていない。友人が開いたパーティーで出会った外国人にたまたま薦められたのをきっかけに、直感を信じて、ニュージーランドにワーキングホリデーに行くことに決めました。

現地の語学学校に入学してみると、日本人ばかりのクラスで、正直あまり面白くなかったですね。一方で、一人でフラフラしていても、「なんで来たのだろう?」と寂しくなってしまう。一ヶ月程そうやって悩む期間がありました。その後楽しみ方を見つけて、充実させることができましたが。