ところが、1年半ほどで、相方がお笑いをやめることしたので、コンビ解散となりました。やめると聞いた時は、「まじか・・・」とヘコみましたね。その後はピンで活動をしていましたが、僕は漫才がやりたかったので、「ひとりならやらなくてもいいのでは」とすら思っていました。

そんな時、お笑い学校の同期4人でライブをすることがありました。ピンで活動していたメンバーのひとりが面白くて、純粋に「コンビを組んでみたい」と感じました。

ただ、彼は、面白いものの、漫才ではボケにもツッコミにも当てはまらない性格でした。何人かの中にいたら安心して見ていられる面白さは持っているものの、ボケもツッコミもできないので、漫才には向いていなかったんです。

彼とコンビを組むなら、例えしばらくはウケなくても、「場外ホームランを打てるコツをつかむまでの旅」だと、腹をくくる必要がありました。それでも、ふたりでやったら面白いことができそうな予感は強烈にあったので、「にほんしゅ」という名前でコンビを組むことにしました。

コンビを組んで初めて出場した漫才コンテストでは、他に方法がなく、僕がボケを担当したものの、全くウケませんでした。そこで、自分たちの良さを見つけるために、しばらく漫才ではなくコントをしてみました。コントなら、台本次第である程度は面白くでき、ボケやツッコミといった役割分担はありません。

しかし、コントをやりたくて仕方がなくて台本を作り込んでいる他の人たちほど面白いことはできないし、自分たちの良さが活きているわけでもありませんでした。結局、漫才に戻り、ボケとツッコミを入れ替えることにしました。

苦肉の策として、相方には「アホキャラ」を演じてもらいました。しかし、「アホキャラ」はアホじゃないとばれてしまうとしらけてしまうので、演じるのが本当に難しく、かなり苦しい状況でした。

そこで、無理はやめて、「ボケること」をやめることにしました。僕はツッコむけど、相方は言いたいことを言うだけ。それだと、相方にボケてもらう必要もなく、「アホキャラ」のように嘘を演じるわけでもないので、無理なく自然に掛け合いができるようになりました。少し地に足がついてきた感じでした。

競争環境の中で振り回され続けて良いのか

ところが、1年半ほどで、相方がお笑いをやめることしたので、コンビ解散となりました。やめると聞いた時は、「まじか・・・」とヘコみましたね。その後はピンで活動をしていましたが、僕は漫才がやりたかったので、「ひとりならやらなくてもいいのでは」とすら思っていました。

そんな時、お笑い学校の同期4人でライブをすることがありました。ピンで活動していたメンバーのひとりが面白くて、純粋に「コンビを組んでみたい」と感じました。

ただ、彼は、面白いものの、漫才ではボケにもツッコミにも当てはまらない性格でした。何人かの中にいたら安心して見ていられる面白さは持っているものの、ボケもツッコミもできないので、漫才には向いていなかったんです。

彼とコンビを組むなら、例えしばらくはウケなくても、「場外ホームランを打てるコツをつかむまでの旅」だと、腹をくくる必要がありました。それでも、ふたりでやったら面白いことができそうな予感は強烈にあったので、「にほんしゅ」という名前でコンビを組むことにしました。

コンビを組んで初めて出場した漫才コンテストでは、他に方法がなく、僕がボケを担当したものの、全くウケませんでした。そこで、自分たちの良さを見つけるために、しばらく漫才ではなくコントをしてみました。コントなら、台本次第である程度は面白くでき、ボケやツッコミといった役割分担はありません。

しかし、コントをやりたくて仕方がなくて台本を作り込んでいる他の人たちほど面白いことはできないし、自分たちの良さが活きているわけでもありませんでした。結局、漫才に戻り、ボケとツッコミを入れ替えることにしました。

苦肉の策として、相方には「アホキャラ」を演じてもらいました。しかし、「アホキャラ」はアホじゃないとばれてしまうとしらけてしまうので、演じるのが本当に難しく、かなり苦しい状況でした。

そこで、無理はやめて、「ボケること」をやめることにしました。僕はツッコむけど、相方は言いたいことを言うだけ。それだと、相方にボケてもらう必要もなく、「アホキャラ」のように嘘を演じるわけでもないので、無理なく自然に掛け合いができるようになりました。少し地に足がついてきた感じでした。

競争環境の中で振り回され続けて良いのか