それから、もう一度、飲食チェーン店のフランチャイズオーナーを目指すために、次は神奈川県のお店で働くことに決めました。しかし独立希望社員ということで、会社にうまいように使われていたため、たまに見に来る上司には怒鳴られ、暴力を受け、人格否定をされました。また、勤務時間は朝9時から明け方の4時まで、休みは月に4日しかないような状態でした。

そんな状況の中、2011年の3月に東日本大震災が起きました。お客様が減り、バイトのシフトが減るものの、社員は休みなく出勤せざるをえないといった状況が続きました。

こき使われる続ける毎日に、だんだんと生きる気力がなくなり、自分の生きる価値を見いだせなくなってしまいました。「こうなったら死んだ方が楽だな」と思うようになり、自殺することを決めました。

財布と携帯だけを持って、バイクを走らせ、被災地を目指しました。死ぬ前に、最後にボランティアをして人の役に立ってから死のうと思ったんです。途中で、高いものを食べたり、普段行かないようなお店へ行ったりして、貯金していた全財産を使い切りました。今まで仕事だけしかしてこなかったので、お金を使って遊ぶことが新鮮でしたね。

東北に到着した後は、石巻市、陸前高田市、大船渡市、気仙沼市と、被災地各地を回りました。そこで目の当たりにした光景は、想像していたよりもはるかにひどく、声も出ませんでしたね。ボランティアができるところを探しましたが、結局飛び入りで受け入れてくれるところは見つからず、何もできませんでした。

そんな状況を目の前にして、死にたくないのに亡くなった人が多くいることに気付きました。仮に自分が死んだとしても悲しむ人はいない。それでも、誰の役にも立たず、人から必要ともされず、逃げ続けたまま死んでしまおうとしている自分が愚かだと感じました。もう少しだけ生きてみることを決めました。