私は千葉県船橋市に、4人兄妹の末っ子として生まれました。上の兄や姉とは年齢が離れていたこともあり、喧嘩をしてぶつかるというよりは言われたことに従うという感覚で、怒られないように動いていく性格になりました。具体的には、勉強をしていれば怒られることがなく、本を読んでいれば逆に褒められることもあり、次第に暗い性格になっていきました。

そんな背景から小学校ではやや浮いていたため、中学受験を考え、東京の中高一貫校に入学しました。ところが、特に進学校という訳でもなかったため不良が多く、新たな環境でもあまり馴染めずにいました。友達に誘われた部活も、強制感がいやで途中で退部。毎日決まった場所に、決まった時間に通わなければいけないことが苦痛になり、正直、我慢して学校に行く日々が続きました。高校からは内部進学生以外が入ってきたり、芸術系に関心の強い友達ができたり、仲間は増えましたが、学校のシステムへの抵抗感は変わらずにあり、遅刻等も多い生活でした。

そのため、高校卒業後については、大学に進学する必要性が無いと感じていたのですが、友人の影響で映画や音楽等に傾倒していくと、少しずつ考え方が変わっていきました。元々、映画や小説のイメージから、いわゆるサラリーマンに対してのイメージが良くなく、言われたことをやる創造性の無い仕事、と考えていました。同じことの繰り返しの生き方は学校と変わらないから嫌だという思いがあったんです。そのため、芸術等を含め、自分が色々な環境を追いかけられるようにしたいという思いから、ブランド力のある難関大学に絞って大学受験をすることにしたんです。それができないなら、きっぱり諦めてサラリーマンになろうと。

とはいえ、現役の時は受験勉強が間に合わず、浪人をすることになりました。周りでは現役で進学する人ばかりだったので、孤独を感じながら勉強に打ち込む日々が始まりました。周りと連絡を絶ち背水の陣で臨み、模試の成績で一喜一憂をしたり、誰とも話さない日があったり、「ここでダメだったら一生ダメだ」という思いで勉強に打ち込みました。

その結果、なんとか慶應大学の文学部に合格をすることができたんです。封筒を開けた瞬間、叫んで喜びました。自分の中でも一番大きな成功体験を経てプレッシャーからも解放され、それからすぐに髪を染めてピアスを開けて、とハジけていきました。