実際に新卒で働き始めると、大学院との環境の変化が大きかったですね。天文学の研究は早くても5年から10年で結果を出すのに対し、飛び込んだのは3ヶ月で結果を出す世界、非常に大変でした。また、性格的にサラリーマンが向いていないことも再認識しました。睡眠時間が少ないのは大学院の論文前も同じなのですが、作業系の仕事になるとミスも多く、あまりうまく価値を提供できない日々が続きました。
そんな折、入社してから1年経たぬうちにリーマンショックが金融業界を直撃。マーケットが冷え込み、結局1年で退職することになりました。その話を聞いて、「これでずっと寝られる」とほっとした部分はありつつ、どうしようという不安もありましたね。
それからは転職活動に苦労する日々が続きました。博士課程まで進学して勤務歴は1年間のみ、学生時代のビジネス経験は履歴書に書いても評価してもらえず、30歳という年齢もあり、エントリーシート落ちも多数経験しました。ドクターを取ったのは間違いだったかなと思うことすらありましたね。その後、結果的には仲間と一緒に自ら会社を立ち上げることに決めました。
新しく立ち上げた会社はエルエス・パートナーズ株式会社という、日本企業の新興国進出コンサルティングを行う会社で、私は副社長としてゼロからイチを作っていく部分に注力しました。個人的に英語で仕事をする経験を積みたいと考えていたことに加え、やはり仕組みを作る仕事のほうが向いている感覚がありました。
また、ゴールドマン・サックスを退職してから、少し時間ができたこともあり、以前からやりたいと思いながら手を付けられてなかった「流れ星」のプロジェクトも始めることにしました。自分たちで立ち上げた会社ということもあり、働き方は以前より自由になっていたので、95%は本業に、残りの5%で少しずつ進めていきました。
すると、2年ほど働いた32歳のタイミングで、結婚した夫の間に子どもを授かったことが分かりました。そこで、これから動けなくなるかもしれないと思い、先に会社だけ作ることに決めたんです。人工流れ星をビジネスとして行う会社、株式会社ALEを登記しました。
その後、無事出産を終えて職場に復帰したのですが、新興国進出の業務でインドの案件が多く、時差の兼ね合いもあり、子どもを預ける働き方とも段々マッチしなくなっていきました。そんな背景から、これは好きなことをやらなければいけないなという思いもあり、ALE一本に注力をすることに決め、32歳で退職・独立を決めました。
共感や応援の気持ちをSNSでシェアしませんか?