僕は兵庫県尼崎市で生まれ、7歳で東京に引っ越しました。小学校高学年の時に野球を始めてからは、プロ野球選手になることだけを考えていました。中学ではシニアリーグのチームに入り、学校では、怪我をしないためにと体育の授業を見学するほどでした。高校は宮崎県にある強豪校のスポーツ科に進みました。

ところが、2年生の夏に椎間板ヘルニアを患ってしまい、練習にも試合にも出られなくなってしまったんです。半年ほど経っても回復の兆しは見えず、野球は続けられませんでした。

すると、次第に心が腐っていき、学校で問題を起こすようになってしまったんです。また、練習せずに寮にいてもすることがなかったので、高校を辞めようかとも思っていました。

しかし、そのことを監督に話すと、「辞めてもいいよ。お前の人生だもん、自分で決めたらいい」と言われてしまったんです。その時、何も言い返せなかったし、結局その後も何事もなかったかのように学校に通い続けました。熱い性格の監督だったので、「辞めたい」と言えば、引き止めてくれるだろうと甘えていたんです。結局、誰かにかまって欲しかっただけなんですよね。

そんな時、テレビでプロ野球球団の買収問題のニュースを見ました。そこには、ライブドアの堀江貴文さんが映っていました。それを見た時、「ITベンチャー」で成功すれば、プロ野球球団を持ち、野球と関わり続けられると気づいたんです。また、IT起業家の華やかな世界にも惹かれました。

その瞬間、経営者になることを決めたんです。父が自営業だったので、違和感もありませんでした。そして、大学の経営学部に進むことを決めました。