ベンチャー企業から小学校の教員へ。教育現場と社会とのギャップを埋めるために。

【Teach For Japan協力:民間出身教員特集】3年ほど働いたベンチャー企業を辞め、福岡県の小学校で助教諭として働く田中さん。学生時代から「教育現場」の課題に関して学び続け、大学卒業後は学校外の世界を知るためにベンチャー企業に就職。そんな田中さんが、再び教育の世界に戻ることを決めたきっかけとは?お話を伺いました。

田中 綾乃

たなか あやの|子どもの視野を広げられる教育づくり
福岡県の小学校にて助教諭として働く。

※この特集は、Teach For Japanの協力で提供しました。
全ての子どもが成長できる「教室」。Teach For Japan

学校で学べることと現実社会のギャップを感じる


私は福岡県で生まれました。母は教育熱心だったので、たくさんの習い事をさせてもらい、幼稚園から私立の学校にも通い始めました。その学校はキリスト教系の学校だったので、小さな頃から「平和」とか「戦争」といったものを身近に感じられるような教育を受けていました。

中学からは別の私立の学校に通い始めましたが、その学校もキリスト教系で、修学旅行は沖縄に平和学習に行きました。しかし、それまで学校で勉強してきたことと、実際に現場で話を聞くのでは大きく違い、ショックを受けてしまったんです。教科書では「沖縄戦」と一言で済まされてしまっていることの裏側にはたくさんのことがあり、特に、現地で聞いた「戦争がないことが平和ではない」という言葉は心に強く残りました。

この時、教科書で学ぶことと、実際に起こったこと・現場で学べることに大きな隔たりを感じました。子どもにとっては学校で習うことが全てですが、それは実際に起きたことの一部でしかない。この時は、それならば、自分が受けている教育には意味があるのか?と疑問に思ってしまったんです。また、修学旅行後の体験記では、現地で学んだ戦争のことをしっかりと書く生徒は少なかったので、尚更そう思ってしまったんですよね。

そして、どうして現在の教育システムが作られたのか知りたいと思い、教育思想を学べる大学に行きたいと考えるようになりました。あまり一般的な学問ではないので、学べる大学は限られていたものの、一浪の末、京都の立命館大学に入り、希望の研究ができることになりました。

自分ひとりでできることの無力さを感じる


将来は「平和」に関わる仕事をしたいと考え、平和教育を現場で行う教師、教育システムを作る行政、国連などの国際平和機関など、様々な選択肢を考えていました。学部の授業だけなく、教職も取っていたので大学にいる時間は多かったですね。

また、様々な角度から戦争や平和を捉える必要があると考えていたので、海外研修や留学にも行きました。ただ、色々なことを知れば知るほど、自分はいかに無力かと感じるようにもなっていきました。

ある時、中国の旧満州地区に行くことがありました。そこには、戦争で何もなくなってしまった広い空間に、ぽつんと慰霊碑が建てられていました。その景色を見た時、一体自分が何をできるのだろうかと思ってしまったんです。いくら問題意識を持って勉強したって、私に当事者の気持ちを代弁できるわけではない。それなら、現場と教育の差が埋まらないのも仕方ないのではと。

また、国際関係を論じる人は多くいるのですが、結局机上の空論で終わってしまうことも少なくないんです。国連だって動くには様々な利害関係もある世界。結局、私ひとりでできることなんてたかが知れているんですよね。そんな複雑な世界だったので、諦めのような気持ちを感じてしまったのも事実でした。

それでも、平和教育に関わりたい気持ちは持ち続けていました。そして、どの進路に進むか考えた時、まずは就職することに決めました。振り返ってみた時に、私が学校で面白いと感じた先生は、一度民間企業で働いたことがある人が多く、将来教育の道に進む可能性があるのなら、まずは視野を広げるために社会に出ようと思ったんです。

「世界を変える仕事特集」との出会い


就職活動では、海外で働きたいと思っていたので、それが実現できる会社を中心にエントリーをしていました。しかし、就職先はすぐには決まりませんでした。

そんな時、たまたま合同説明会でベンチャー企業の社長の話を聞く機会があったんです。それまで大手企業しか見ていなかったので、社長が直接話すのを聞いたのは初めてでした。

すると、その社長が「諦めの悪い人募集中」と言っていたんですよね。それを聞いた瞬間「あ、私のことだ」と思ったんです。東日本大震災が起きたことで、選考も一時中止になり就職活動が長引く中、私は100社落ち続けても一日も休まずに就職活動をしていました。こんなに諦めが悪いのは私くらいだろうって。(笑)

そして、その会社に無事就職が決まり、希望通り営業として配属されました。入社した会社は、ビジネスマッチングサイトを運営していて、サイトに出稿してもらえないかと社長さんに営業に行き、多くのことを学ばせてもらいました。また、ベンチャー企業なので、本当に色々な仕事をさせてもらえましたね。

2年ほど働いたタイミングで、海外の最新技術を使った新規事業立ち上げチームへの話をもらいました。ただ、そのためには、東京の事務所に行く必要がありました。私は入社後に最初は東京配属となり、しばらくして大阪に転勤してきていたので、その話を受けるなら、また東京に引っ越す必要がありました。

私にとっては少し大きな選択だったので、そのタイミングで改めて今後のキャリアを考えることにしたんです。そして、結論としては、今は新規事業に携わりたいと思い、再び東京に出ることにしたのです。

ただ、その時に考えるための材料として、数年前に買った雑誌に載っていた「世界を変える仕事特集」を読み返していました。すると、そこで、「Teach for America」という、アメリカの教育NPOの記事を見つけました。前に読んだ時の記憶は全くなかったのですが、その仕組みの面白さに惹かれ、気になるようになっていきました。

目を向けられていなかった身近な日本の問題


すると、たまたま東京にいた友人たちが、Teach for Americaの日本版であるTeach for Japanと関わりがあり、紹介してくれたんです。転勤してきた東京オフィスとも近かったので、プロボノ的な働き方なども含めて、何か関わりたいと思って説明会に行くことにしました。

すると、そこで聞いた話は衝撃的でした。Teach for Americaの思想は、貧困地域など、十分な教育を受けられない地域に、子どもたちの力になりたいと高い志をもった人を派遣して、教育課題を解決していくというもの。ただ、それはアメリカに限ったことではなく、日本でも想像以上に貧困家庭が多いことを知ったんです。そして、それが教育格差を生んでいました。学生時代は、海外の教育事情などを調べていましたが、灯台足下暗しというか、日本の身近な問題に気付けていなかったんですよね。

元々はスタッフとして参加したいと思っていましたが、むしろ私自身が教師として2年間学校現場に出たほうがいいのではと思うようになっていきました。実際に現場を知ることが、自分の将来に活きると思ったんですよね。また、その年から福岡の学校への教師派遣を始めると知って、「これって福岡出身の私が行くしかないじゃん」と感じてしまったんです。

また、東京に転勤してきたものの、新規事業のチームに入れていなかったことや家庭の都合などが重なり、これはタイミングだと考え、会社を辞めることにしました。そして、2015年4月よりTeach for Japanのプログラムを通して、福岡県の公立小学校で、教師として働き始めることにしたんです。

ひとりの教師次第で子どもは変わっていく


私はずっと私立の学校だったので、公立の学校は未知の世界でしたし、マスコミではネガティブに報じられていたので、私自身も、多少マイナスのイメージを持っていました。しかし、実際に働き始めると、そのイメージは大きく覆されました。現場の先生たちは、いつも子どもたちのことを考えて行動しているし、保護者の方たちも学校にはすごく協力的なんです。

また、人間形成において、小学校に通う期間はいかに重要か実感しています。赴任してからまだ数ヶ月ですが、それでも毎日、1時間ごとに子どもって変わるんですよね。4月の写真と見比べても、明らかに顔つきが違います。

そして、それは子どもと向き合う教師次第だと、強く感じます。子どもは大人の鏡。自分が楽しんでいれば子どもも楽しんでくれるし、逆に不調だとすぐにばれしまう。責任は重大ですが、だからこそ、教師次第で子どもの可能性をいくらでも引き出せるとも感じます。

教育課程は決められていますが、道徳や総合の時間の使い方や学級活動、クラスの決めごとなど、ひとりの教師が裁量を持って決められる部分だって、少なくはありません。そのため、勉強以外にも大切なこと、生きる上で大事にしてほしいことや学ぶ意欲を高めるためのことは、教師次第でいくらでも伝えられます。

教師としての2年間は、子どもの視野を広げるためのことに取り組みたいと考えています。私の勤める学校のある街は、昔は炭鉱の街でした。現在は炭鉱は閉山し、色々な意味で厳しい環境に置かれています。そういう子どもたちに、世の中には、本当にいろいろな仕事があり、多様な生き方があることを知って欲しいですね。

私は特に平和教育に関心があるので、自分たちと異なる価値観の人たちがいることを知って、そうした人たちとも仲良くなれるように、子どもたちが海外の人と触れ合う機会を作れたらと思っています。

現場での仕事が始まってからは、何が教育にとって一番大事なのか、非常に悩ましいと感じることもあります。私自身は、これから教師として現場で教育に携っていきたいと思う一方、それとも教育思想についてもっと学んだり、行政機関などで公教育の仕組みに関わったりなどにも関心があります。

どれがベストなのかは、この2年間のプログラムをやり切る中で見つけたいと考えています。ただ、どんな道にせよ、これからも教育にはずっと携わっていきたいです。

2015.09.11

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