大学3年生になると、海外に興味を持ち始めました。知り合いからインドに行った話を聞き、「海外ってこんなに身近なのか」と驚きを感じたんです。そこで、カンボジアへのボランティアツアーに参加しました。

現地の小学校に行き、本を寄贈したり、簡単な勉強を教えたりしました。しかし、「作られたボランティア感」に違和感がありました。短期間の支援は続かないだろうし、むしろ私たちが「ボランティア体験」をさせてもらうような感覚だったんです。

そのため、もっと現地の人の生活が知りたいと思うようになり、その後に行ったフィリピンでは、NGO団体を通して漁村で生活をさせてもらいました。さらに、インドに一人旅に行った時も、農村で現地の人と生活させてもらったんです。

現地の人と同じ目線で暮らすと、その人たちの価値観を知ることができるんですよね。そして、違った価値観をいかに融合させていくか考えるようになりました。インドなんて驚きでしたね。牛を神様として祀っている国なのに、農村に行くと牛をバシバシ叩いているんですもん。

また、看護学生だったこともあり、簡単な救護講座などをしました。すると、みんな「家によっていけ」と、ご飯をごちそうしてくれたりするんですよね。日本だと遠慮してしまうかもしれないけど、逆に遠慮することの方が失礼な場合もあって、「日本の常識」が「世界の常識」とは限らないんだと実感しましたね。

今しか感じられないことを求め、内定を辞退して海外に

大学3年生になると、海外に興味を持ち始めました。知り合いからインドに行った話を聞き、「海外ってこんなに身近なのか」と驚きを感じたんです。そこで、カンボジアへのボランティアツアーに参加しました。

現地の小学校に行き、本を寄贈したり、簡単な勉強を教えたりしました。しかし、「作られたボランティア感」に違和感がありました。短期間の支援は続かないだろうし、むしろ私たちが「ボランティア体験」をさせてもらうような感覚だったんです。

そのため、もっと現地の人の生活が知りたいと思うようになり、その後に行ったフィリピンでは、NGO団体を通して漁村で生活をさせてもらいました。さらに、インドに一人旅に行った時も、農村で現地の人と生活させてもらったんです。

現地の人と同じ目線で暮らすと、その人たちの価値観を知ることができるんですよね。そして、違った価値観をいかに融合させていくか考えるようになりました。インドなんて驚きでしたね。牛を神様として祀っている国なのに、農村に行くと牛をバシバシ叩いているんですもん。

また、看護学生だったこともあり、簡単な救護講座などをしました。すると、みんな「家によっていけ」と、ご飯をごちそうしてくれたりするんですよね。日本だと遠慮してしまうかもしれないけど、逆に遠慮することの方が失礼な場合もあって、「日本の常識」が「世界の常識」とは限らないんだと実感しましたね。

今しか感じられないことを求め、内定を辞退して海外に