世界で唯一の「化粧」専門研究者!常識に因われない生き方を。

世界中を見ても専門的に研究している人がいない「化粧」を専門に扱う、研究者の平松さん。小さな頃から実家のお寺を継ぐことが決まっていた人生の中で、化粧に関心を抱くきかっけとはどんなものだったのか?研究したことを一般の人にも分かりやすく伝えるため、コラムの執筆や講演も積極的に行う平松さんにお話を伺いました。

平松 隆円

ひらまつ りゅうえん|化粧の研究
世界で類を見ない「化粧」専門の研究者。博士号(教育学)取得。また、コラムニスト、講演家としても精力的に活動する。

坊主の家系で長男として生まれる


私は滋賀県で生まれました。実家は寺で、長男だった私は将来跡取りとなることが決まっていました。そのため、両親は私をなるべく自由にさせたいと思ってくれたのか、好きなことをやらせてもらえる環境で育ちましたね。

家には楽器がたくさん置いてあり、小さい頃から音楽に興味を持っていました。ただ、どの楽器を触っても、不器用だったので上達せず、すぐに飽きてしまいましたね。

また、関西はファッションが盛んだったこともあり、服にも興味を持っていました。中学1年生の頃には『メンズノンノ』を読み始め、ファッションショーも見に行くようになりました。

色々なことに興味を持っていたので、高校生の頃までは家業を継ぐことに反発心もありましたね。ただ、「もし寺じゃなかったらどう思っただろう?」と、立ち止まって考えてみることがありました。そして、医者や会社だったら、きっと反発心を持たなかっただろうなと。この時、寺だから継ぎたくないと考えるのは偏見かもしれないと、申し訳ない気持ちになったんです。

また、寺には檀家さんもいるので、無責任に継がないと言うわけにもいきません。それまで、家が寺だったから自由にさせてもらえたことも多かったので、責任は取る必要がある。そう思い、将来寺を継ぐことは受け入れられるようになったんです。

浄土宗だったので、父と同じく大学は京都にある佛教大学に進むことは決まっていて、高校からの指定校推薦の枠があった教育学部に進学しました。

就職氷河期の中、働くよりも大学院に興味を持つ


大学では授業には熱心に参加していませんでした。相変わらず音楽やファッションが好きだったので、クラブを貸り切ってイベントを開くような生活。さらに、父が大学時代にお世話になった先生のゼミに入っていたので、研究も自由にさせてもらうことができました。そこで、他大学で単位が認められる授業を取り、ファッションについて学んでいたんです。

また、家業を継ぐことは決まっているといっても、大きな寺ではないので、兼業で仕事をする必要はありました。また、継ぐのも父が亡くなった後の話なので、それまでは手伝う程度です。そのため、4年生になると周りと同じように就職活動を始めました。

そこで、興味のあるファッション業界を受けることにしたのですが、東京に出てくるには交通費もかかるので、すぐに止めてしまったんです。

その後、ちょうど先輩が働いていた、京都で塾を運営する会社に、無事内定をもらうことができました。そこでは、内定者としてアルバイトもするようになったのですが、「このままでいいのか?」という気持ちもあり、結局、内定式後に辞退することにしました。

就職氷河期で、就職を先延ばしにするために大学院に進学する人も増えていて、労働意欲があまり湧かなかった私も、ひとまずその道に進もうかと考えたんです。ただ、内定を辞退したにもかかわらず、その会社ではアルバイトを続けさせてもらえることになりました。内定者の延長なので、色々な仕事をさせてもらうことができ、社会との接点も持つことができたんです。

誰も研究していなかった「化粧」の専門家になる


大学院に入るからには、研究テーマを決めなければなりませんでした。そこで、私は好きだったファッションの研究をしようと考えていて、ちょうど渋谷に出現し始めた「ギャル男」に興味を持っていました。

そして、「なぜ彼らが化粧をするのか?」と疑問に思った時、「化粧」の研究をしている人がいないことに気づいたんです。製品としての「化粧品」の研究はもちろんありました。しかし、化粧が社会的にどんな意味を持つのか、どんな心理が働いているのか、といった点で研究する人はいなかったんです。そこで、誰もやっていないなら、興味を持ったこの分野で研究をしようと決めました。

そして、大学院に入ってからは、社会心理学的アプローチから、統計を用いて研究を進めていきました。すると、ジェンダー的に女性は「より女性らしい人」が、男性も「より男性らしい人」が化粧を頻繁にすることが分かってきました。

しかし、統計はあくまで「結果論」でしかないので、どんな因果があってその現象が引き起こされているか、考察することまではできませんでした。そこで、大学院後期課程に進んでからは、出来事の因果を繙く、歴史学的なアプローチから検証してみることにしたんです。

ドイツの歴史学者であるカールランプレヒトが言っていたように、歴史学は、実は社会心理学と似ているんですよね。過去の一時点における社会心理を探っていくことが歴史学だと。

そして、国際日本文化研究センターという、様々な専門分野の研究者が集まって共同研究を行う国立の研究機関に研究生として入りました。当時のギャル男が何を考えていたのか知るため、参考文献として過去の『メンズエッグ』を読み漁っていきましたね。

すると、「ギャルと似た格好をしているとモテる」との考えから、ギャル男が生まれたと分かったんです。自分と似ている人に対して好意を抱くという、心理学で言うところの「類似性好意効果」ですね。

そして、「モテたい」という気持ちから化粧をするので、より異性に関心がある人、つまり「男性らしい人」が化粧をよく行うことに繋がっていたんです。

綺麗になること以外にも効果がある化粧の可能性を知っていく


その後も興味を持ったことを突き詰めて研究していき、博士の学位を修得することができました。そして、そのまま世界で唯一の「化粧」の研究者としての道に進み、大学でも教壇を取るようになりました。

「化粧療法」などの分野は、心理学の専門的な研究者が研究を行っていることもありますが、純粋に化粧に軸足を置いている人は私だけでした。その背景として、化粧の研究と聞くと、どうしても「綺麗」「汚い」という一面のみに焦点を当てられてしまい、世界的にも批判を浴びることも多い領域なんです。

また、ファッション等に比べると、産業としてもそこまで大きくないことが、化粧の研究が進まない理由でもありました。そのため、アカデミック的なポジションもないので、研究をしようとしても続かない人が多かったんです。

それでも、私は自分が興味のあることを研究するために、周りの目は気にしませんでしたね。そして、化粧の研究をしていくと、化粧が単純に「見た目」を綺麗にするだけのものではないことが分かってきました。化粧、外見を装うことは、自信を持てたり、ストレス解消になったりと、人の内面とも深く繋がっていたんです。

実際、マニュキュアを塗るとどんな心理的な効果があるか、実験したことがありました。よく、化粧療法では高齢者施設でプロに顔にメイクをしてもらうと、リラックスできると言われていましたが、「高齢者だけ?」「顔だけ?」「女性だけ?」「人にしてもらわないとだめ?」「会話の効果ではないの?」等、本当に化粧によるものなのか、判断できない部分がありました。そこで、男性、女性、妊婦さんなど、様々な人が自分でマニュキュアを塗ってどんな効果があるのか試したんです。

結果としては、全ての対象者からストレス解消効果があることが分かりました。このように、化粧は、外見を綺麗にするだけでなく、内面にも影響を与えるものだったんです。

研究した成果を、社会の人にも分かりやすく広げていく


現在は、研究や大学での講師をしながら、WEBメディア等でコラムを書いたり、テレビに出てコメントしたりもしています。研究者が気軽にメディアで発言することには批判もあります。ただ、個人的には研究は世の中に知ってもらい、活かされなければ意味が無いと思うので、私の行っている研究成果を分かりやすく伝えていけたらと考えています。

化粧の定義としては、「メイクアップ」だけでなく、「スキンケア」など、自分の肌に直接手を加えるもの全てを指しています。そのため、ヒゲを整えるのも、歯を磨くのも、化粧。男性だって毎日化粧をしているんです。

世の中では「人を見た目で判断してはダメ」と言われますが、それは逆にそう意識しなければ、人を外見で判断してしまうんですよね。それくらい、外見は重要なもの。化粧をするということは、「人に見られている」という意識を作り、社会と接点を持つ中で重要なことでもあります。

しかし、化粧はあくまで見た目を整えるものだと軽く捉えられてしまっています。私は研究の成果を通じて、化粧、外見を装うことは、人の内面にも重要なものであることを伝えていきたいですね。今は、化粧から派生して、「恋愛」だったり「ファッション」など、外見の身体的魅力が、人にどんな影響・印象を与えるか、社会の中でどんな意味を持つかなども研究しています。

これまで私は、研究者として「常識に因われない」ことを意識して生きてきました。常識なんて、その時の社会集団が決めたものでしかありませんから。私は、自分としての物事の見方を提示していけたらと思います。

そして、それはライフスタイルも同じ。自分が好きなことがあっても、すぐに「仕事になるか」と常識的に考えてしまいますが、一旦取り払ってしまえばいいんです。私自身は、「研究でお金を儲けてやろう」なんて考えずに、とにかく興味があったか、それこそ遊んでいるように研究を続けてきたんです。そして、恵まれていたのかもしれませんが、それが結果的には仕事にもなってきたんです。

これからも、誰かの作った常識には縛られず、フレキシブルに生きていきたいですね。そして、面白そうだと思ったことには何事にも飛び込んで、自分の可能性を広げていきたいです。

2015.06.09

ライフストーリーをさがす
fbtw

お気に入りを利用するにはログインしてください

another life.にログイン(無料)すると、お気に入りの記事を保存して、マイページからいつでも見ることができます。

※携帯電話キャリアのアドレスの場合メールが届かない場合がございます

感想メッセージはanother life.編集部で確認いたします。掲載者の方に内容をお伝えする場合もございます。誹謗中傷や営業、勧誘、個人への問い合わせ等はお送りいたしませんのでご了承ください。また、返信をお約束するものでもございません。

共感や応援の気持ちをSNSでシェアしませんか?