しかし、実際に大学に入ってみると、1週間過ごしただけで、周りの学生との温度差を感じてしまったんです。せっかく大学に行かせてもらったからには、社会に出る際に評価を得るためにも、学生時代にどこまで実績を積めるかという点を意識していたからこそ、入学したてで遊びたいという周りの学生に、ある種のぬるさを感じてしまいました。

とはいえ、京都に引っ越したばかりで周りに友達もいないため、どうしようか考えていたところ、京都の美大生が集まるパーティーが開催されるのを知り、参加してみることに決めました。すると、その会に集まっていたメンバーで、美大生の活動を発信する団体を作ろうという話が持ち上がったんです。

元々、高校生の時から美大の情報を調べる中で、関東には美大同士が繋がり、合同でアートのイベント等を行う組織が存在することを知っていました。そして、内に籠りがちな美大生だからこそ、そういった繋がりを作れることは価値があると感じ、関西でもそういった団体を作ってみたいと考えていたんです。

そのため、その話が出てからは、自分でゼロからいきなり立ち上げるよりも良いかもしれないと、立ち上げに参加してみることにしました。

活動を始めてからは、フリーペーパーを発行したり、講演会や展示会を開いたり、曖昧だったコンセプトが少しずつ明確になっていきました。そして、2年生になってからは自ら代表も務め、企業と一緒に2000人規模のイベントを開催したり、ラジオ番組やカフェのプロデュースを行ったりと、「美大生と社会を繋ぐ」というコンセプトで活動の幅を広げていきました。才能があり素晴らしい作品を作りながらも、発信力と行動力がなく、せっかくの作品を公開することがないままパソコンのフォルダの中で眠らせる人も多かったため、実際に学生の作品が100万円以上の値段で売れた時はとても感動しましたね。

私自身、その活動を通じて、自らが創ること以上にクリエイターの支援をすることにやりがいを感じるようになっていきました。特に、卒業後に半数以上が就職できないという問題等、「身の回りの知人を、直面する課題から助けたい」というような感覚を抱くようにもなっていきました。それが自分の役回りなんじゃないかと感じるようになったんです。

失った自信と、スタートアップ企業への就職

しかし、実際に大学に入ってみると、1週間過ごしただけで、周りの学生との温度差を感じてしまったんです。せっかく大学に行かせてもらったからには、社会に出る際に評価を得るためにも、学生時代にどこまで実績を積めるかという点を意識していたからこそ、入学したてで遊びたいという周りの学生に、ある種のぬるさを感じてしまいました。

とはいえ、京都に引っ越したばかりで周りに友達もいないため、どうしようか考えていたところ、京都の美大生が集まるパーティーが開催されるのを知り、参加してみることに決めました。すると、その会に集まっていたメンバーで、美大生の活動を発信する団体を作ろうという話が持ち上がったんです。

元々、高校生の時から美大の情報を調べる中で、関東には美大同士が繋がり、合同でアートのイベント等を行う組織が存在することを知っていました。そして、内に籠りがちな美大生だからこそ、そういった繋がりを作れることは価値があると感じ、関西でもそういった団体を作ってみたいと考えていたんです。

そのため、その話が出てからは、自分でゼロからいきなり立ち上げるよりも良いかもしれないと、立ち上げに参加してみることにしました。

活動を始めてからは、フリーペーパーを発行したり、講演会や展示会を開いたり、曖昧だったコンセプトが少しずつ明確になっていきました。そして、2年生になってからは自ら代表も務め、企業と一緒に2000人規模のイベントを開催したり、ラジオ番組やカフェのプロデュースを行ったりと、「美大生と社会を繋ぐ」というコンセプトで活動の幅を広げていきました。才能があり素晴らしい作品を作りながらも、発信力と行動力がなく、せっかくの作品を公開することがないままパソコンのフォルダの中で眠らせる人も多かったため、実際に学生の作品が100万円以上の値段で売れた時はとても感動しましたね。

私自身、その活動を通じて、自らが創ること以上にクリエイターの支援をすることにやりがいを感じるようになっていきました。特に、卒業後に半数以上が就職できないという問題等、「身の回りの知人を、直面する課題から助けたい」というような感覚を抱くようにもなっていきました。それが自分の役回りなんじゃないかと感じるようになったんです。

失った自信と、スタートアップ企業への就職